オリンピック開幕 スポーツを味わう本特集
「歓喜と絶望のオリンピック名勝負物語」二宮清純著
ついに本日、オリンピックは開会式を迎える。コロナ禍に、これほど政治に利用され、翻弄されたオリンピックもなく、別の意味で歴史に残ることだろう。しかし、各国から集まったアスリートには罪はなく、心からの声援を送りたい。というわけで今週は、スポーツ関連本特集。読後のオリンピック観戦、スポーツ観戦はより味わい深くなることだろう。
アスリートにとって、オリンピックは4年に1度の特別な晴れ舞台。運に見放されたり、大逆転が起きたりと、金メダルを巡り、さまざまなドラマが展開する。本書は、果てしない努力の末に、選ばれし人間だけがたどりつけるその舞台で、彼らは何を見て、何を感じたのか。本人たちの生の声を交えながら、紹介するスポーツドキュメント。
1988年のソウル大会、男子100メートル背泳ぎ決勝。21歳の鈴木大地選手は、スタート後、バサロ泳法のキック数を通常よりも増やし、30メートル付近まで潜水で進んだ。隣のコースのバーコフ選手が予選で世界記録を出したため、プランBへの変更だった。以前に競ったことがあるバーコフ選手が精神面であまり強くないことを知っていたので、揺さぶりをかけたのだという。そのため、彼の隣のコースになるよう予選の泳ぎも調整したという。
一方、100分の1秒を争うスピードスケート500メートル。1998年の長野大会で優勝した清水宏保選手は、スタートの「ピストルの音を聞いて反応していたのでは遅い」と、スターターが引き金を引く音を聞くことに全神経を集中させた。さらにタイムラグを少しでも削るために音に筋肉を反応させるトレーニングを積んだという。
日本が参加を見送った1980年のモスクワ大会前に行われた伝説の男子マラソン選考会から北京大会まで、夏冬合わせて9大会のあの日を再現する。 (廣済堂出版 990円)
「栗村修のツール・ド・フランス2020」栗村修著
サイクルロードレースの最高峰「ツール・ド・フランス」。3300キロ前後のコースを21ステージに分け、23日間の日程で走り抜く過酷な競技だ。
新型コロナウイルス流行の影響で開催が危ぶまれた昨年の107回大会は、例年より2カ月遅れの8月29日にニースをスタート。176人の選手がゴールのパリを目指した。最終日、パリ・シャンゼリゼのゴールに総合成績1位の選手に与えられる黄色のジャージー「マイヨジョーヌ」をまとって凱旋したのは(レースは前日に決着)、誰もが予想していなかったスロベニア人のタディ・ポガチャル選手だった。前日のステージで、異次元の速さで大逆転劇を起こしたのだ。
スタッフからコロナ陽性者が出て、途中で中止との噂も飛び交う中、主催者は見事に長丁場の大レースを成功させた。
本書は、その歴史的レースの全行程を詳細に解説した感動のスポーツドキュメント。 (辰巳出版 1760円)
「BEAUDY ボーデン・バレット」ボーデン・バレット/リッキー・スワンネル著、山内遼訳
ラグビー・ニュージーランド代表の司令塔の著者による半生記。
氏は1991年、ニュージーランド北島西端にある小さなコミュニティーで8人きょうだいの次男として誕生。父はラグビー、母もネットボールとバスケの現役選手で、きょうだいはあらゆるスポーツに触れて育った。すべてのスポーツが楽しかったがきょうだいと裏庭でボールを追いかけていた頃から、ラグビーこそ自身が目指すべきスポーツだと信じ、授業のノートがサインプレーの動きで埋め尽くされるほど夢中になった。そして地元の13歳以下、体重60キロ以下の選抜チームに選ばれ、本格的に道が開ける。高校卒業後には父がプレーしていたスーパーリーグのハリケーンズと契約。そして2012年、歴代1115番目のオールブラックスとしてスタジアムに立った。
ラグビーの基本や練習メニュー、日本滞在の思い出なども振り返りながら、世界王者の司令塔になるまでの軌跡をたどる。 (ベースボール・マガジン社 1980円)
「私が欲しかったもの」原裕美子著
マラソンのトップランナーとして活躍する一方で、15年間も摂食障害と窃盗症に苦しみ続けてきた著者による手記。
高3で夢だった全国高校駅伝に出場を果たした著者だが、人知れず体重のコントロールに悩み、過食を繰り返しては自責の念に襲われていた。高校卒業後に所属した実業団チームで、さらに体重管理が厳しく求められる中、ある夜、吐くことで体が軽くなり、食べることの罪悪感が消えたことに気づく。
以来、食べ吐きを繰り返し、体重を管理。その効果で初マラソンを歴代4位の記録で優勝。続く世界選手権でも6位に入賞するなど、一躍注目を集めるが、食べ吐きが加速してケガと故障に悩まされる。必要な栄養素が取れていないのが原因だった。一方で、何度も通報、逮捕されながら万引も止まらなくなっていた。それが病気だと自覚できたのは全てを失ってからだった。
信頼していたコーチや婚約者の裏切りなど私生活での挫折や心の葛藤までを明かしながらスポーツ選手が陥りやすい摂食障害の危険性を訴える。 (双葉社 1430円)
「ムサシと武蔵」鈴木武蔵著
日本代表でも活躍するプロサッカー選手が出自に悩んだ少年時代から現在までを語るエッセー。
父の祖国ジャマイカで生まれた氏は、2000年、小学校入学に合わせ母の祖国である日本に移住。以来、ずっと心に違和感を抱えて生きてきた。小3のとき、その違和感の正体はクラスで自分だけが肌の色が違うことだとようやく気がついた。肌の色が原因でいじめの標的になり、心無い言葉を浴びせられ、どれだけ傷ついても、母に心配をかけまいとするうちに、次第に心に大きな「殻」が作られていった。それは誘われて小2で入団したサッカーチームでも同じだった。
中学時代は友だちにも恵まれ充実していたが、心のうちでは自分がジャマイカ人にも日本人にも思えなくて揺れていた。特待生で入学した高校ではレギュラーになれず、将来は自動車整備士になろうと専門学校への進学を考えていた矢先、人生を決めるある出来事が起きる……。 (徳間書店 1650円)