酷暑こそオウチ時間を楽しもう文庫短編集特集
「時代小説 ザ・ベスト2021」日本文藝家協会編 河治和香、夢枕獏ほか著
暑いことに加え、感染者の増加、東京ではオリンピック開催で人出も増え、今年の夏もステイホームが無難となりそうだ。
そんなオウチ時間にピッタリなのが短編集である。好きな作家や、初めて読む作家などランダムに一編ずつ読めるのがいい。今週は、人情ものから宿を舞台にしたホラーまで5作を紹介しよう。
◇
長崎の福済寺で最も年若な下男・快鳳は、年かさの朋輩から「棄吉」と呼ばれ、こき使われる日々を送っている。彼は「盗人と売女」の間に生まれた孤児で、寺男のみならず快鳳を慕う菊千世の父親で儒医・素柏などにも忌み嫌われていた。
ある日、菊千世から「明国から来る隠元禅師にいたずらをして追い返したい」と相談をされる。言い出したら聞かない菊千世に手を焼いた快鳳は“成功しない”いたずらを仕掛けるが隠元は現れず、それどころか出会った真宗僧から「隠元にご染筆を請けてくれ」と頼まれる始末。石切り場から隠元の様子をのぞき込んでいた快鳳は足をすべらせ――。結末に胸を熱くすること間違いなしだ。(澤田瞳子著「わらわ鬼」)
市井もの、幕末維新から明治期を舞台にした作品、この世と異界を結ぶ異色作まで全12話。すべてコロナ禍の下で書かれ選ばれた作品群だ。
(集英社 924円)
「なみだ」細谷正充編
西條奈加著「カスドース」は、実在の菓子をモチーフにした一編。
麹町の裏通りに店を構える南星屋は親子3代で切り盛りする菓子屋。江戸ではめったに食べられない珍しい菓子を出すとあって、多くの客に愛され大繁盛していた。何しろ主人の治兵衛は渡り職人として16年も諸国を巡った腕の持ち主なのだ。
しかし、店で売った「印籠カステラ」が、平戸藩松浦家のお留め菓子「カスドース」ではないかと疑われ、治兵衛は奉行所にしょっぴかれる。弟で高僧の石海のおかげで家に帰ることができたが、身の潔白を証明しなければならない。治兵衛はある方法を思いつく。
ほか、竹亭化月の筆名で戯作を描いていた妻が死に、業俳になることをためらっていた「私」に訪れた心の変化を描く「つゆかせぎ」(青山文平著)、貧しい娘を集めて稽古をつけてやる蚊帳商のご隠居・美音を主人公にした「松葉緑」(宇江佐真理著)など、さまざまな形で人情を扱った7編を収録する。
(朝日新聞出版 902円)
「宿で死ぬ」朝宮運河編 遠藤周作、恩田陸ほか著
遠藤周作は幽霊など信じないたちだったが、若い頃に経験した3つの出来事から「もしかして」と思うようになったという。
そのうち2つはフランスで起きた。最初はルーアンの安宿で寝ているとき、何か太い手で胸を締めつけられ、次はリヨンの人けのない学生寮で、階段を上る足音が聞こえた。
3つ目の体験は、作家の三浦朱門も味わっている。熱海の竹やぶに囲まれた旅館に泊まったときのこと。寝床だけ「離れ」に用意されていたが、三浦は「この離れは入口も便所もみな、鬼門や」と不思議がった。そしてその夜、氏が眠りに落ちると急にひどく息苦しくなり、誰かが耳に口を押しつけて「ここで、俺は首をつったのだ」と。2度同じことが続き、氏が三浦を起こすと、「俺も見たんや。君の足もとに人影をな」――。
ほか、温泉街のひなびた旅館に泊まった不倫カップルの恐ろしくも意外な結末を描く福澤徹三著「屍の宿」など、怪しげな温泉旅館から廃ホテルまで個性的な11軒の宿を舞台に描く旅泊ホラー。
(筑摩書房 990円)
「もう一杯、飲む?」角田光代、島本理生ほか著
「酒のある風景」を朝倉かすみ、ラズウェル細木ら9人の作家が小説やエッセーで紡ぐ短編集。
角田光代著「冬の水族館」は、下戸のパートナーを持った男女の物語。大学の同級生で、飲み友達から始まった私と直純は、付き合って既に15年。その間に直純は結婚したが、飲食と嗜好がすごく合うことでお互い離れがたく、気が付けば40代半ばになっていた。
ある日、私たちは日帰り温泉旅行に出かけた。電車にいた2人組の中年女性、バスを乗り降りする大勢の家族を見ているうちに私は直純との「もし」を想像する。もし夫婦だったら。2人が高校生だったら。そして、もしどちらかが酒断ちしたなら……。
一方、越谷オサム著「カナリアたちの反省会」は、作家で下戸の「私」が主人公。酒をテーマにした原稿が書けずネタを求めて深夜のファミレスに来たが、誰も酒を飲んでいない。すると隣のテーブルにバンドメンバーらしき3人組がやってきた。話し声につい耳を傾けているうちに「私」は意外なネタを拾う。
(新潮社 605円)
「ベスト8ミステリーズ」日本推理作家協会編
高齢の男性をターゲットにした詐欺グループが仲間割れをした。グループの頭目はゴルフ場の派遣キャディーをしている光代で、実動部隊の和枝と雪子と朱美が光代が選んだカモから金を巻き上げる。希という男がカモに近づくこともある。その希と朱美が稼いだ1000万円を持ち逃げしてしまったのだ。そんな中、光代に「黙っていてほしければ1000万円用意しろ」と脅迫状が届く。光代は隣家の母子家庭の波瑠斗にランドセルを買ってあげる約束を果たしたら土地を離れようと、最後の一仕事に繰り出すのだが……。(降田天著「偽りの春」)
本書のトリの一編は宮部みゆき著「虹」。婚家で虐げられてきた<わたし>はある日息子を連れて家を飛び出し、母子シェルターに入寮する。同じ入寮者の片山さんは問題人物で、洗濯をしていると自分と娘の洗濯ものをしれっと紛れこませるのだ。ある日、息子の白い運動着に色移りし、背中に黄色い半円が……。以来、不思議な偶然が重なるようになる。
ミステリーのプロが厳選した、芹沢央、若竹七海ら全8作品を収録。
(講談社 1012円)