お腹がすく!食がテーマの文庫本特集
「かすがい食堂 あしたの色」伽古屋圭市著
「飯テロ」とは、食べてはいけないときにおいしそうな料理を見せつけられること。ドラマなど映像のインパクトは強いが、文字でじっくりとおいしそうな描写を読まされるのもなかなか耐え難いものだ。今回は、そんな飯テロ力100%の、食がテーマの文庫を紹介。深夜やダイエット中に読むのは避けた方がいいかも!?
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下町の子ども食堂を舞台に繰り広げられる、社会の“今”を映す「かすがい食堂」シリーズ第2弾。
楓子が祖母から駄菓子屋「かすがい」を引き継いで、はや1年。店の奥では子ども食堂も運営し、さまざまな事情を抱えた子どもたちと向き合う、やりがいを感じる毎日だ。
あるときやってきたのは、日本語が流暢な黒い肌の少年。木村仁という名前の彼は、父親が日本人で、母親はアフリカの血を引くフランス人だった。物心つくころに日本に来たため、彼自身の認識としては日本人だと話すが、日本のリアルな家庭料理を知らないため、かすがい食堂の仲間入りをしたいという。
おにぎりに味噌汁に肉じゃがと、日本の家庭料理の作り方を学び、すっかり溶け込んだ仁だったが、ある時かすがい食堂に1枚のメモが投げ込まれる。
「薄汚い外国人を出入りさせるな」
温かい料理の物語と並行して、子どもたちが直面する格差や差別にも鋭く切り込んでいる。
(小学館 682円)
「北京の台所、東京の台所」ウー・ウェン著
中国・北京生まれの著者は、来日後クッキングサロンを主宰している。本書ではその半生をつづりながら、思い出の食事をレシピ付きで紹介している。
高校受験の頃よく食べたのは、母の作る「ハトムギのお粥」。ハトムギをたっぷりの水で煮て重曹をひとつまみ。その後、もち米とともにさらに1時間以上煮て出来上がりだ。実はこのメニュー、ニキビの予防に役立つ。思春期の著者を思う母心がこもった、思い出深い食事だという。
天安門事件をきっかけに来日し、日本人と結婚。夫に「煮魚が食べたい」と言われたときのエピソードがユニークだ。何しろ、北京で魚を煮るといえば「スープ煮」で、たっぷりのスープで骨と身がくずれるくらい煮込んだものだという。煮魚をリクエストしスープ煮が出てきたとき、夫の目が点になったことは言うまでもない。
食を通じて日本と中国の懸け橋となってきた著者ならではのエッセーだ。
(筑摩書房 968円)
「昭和平成令和定食紀行」今柊二著
定食評論家である著者の最新作。昭和、平成、令和と歴史を紡いできた名店を一挙紹介している。
寒風吹くこの時季に恋しくなるのがおでん定食。向かうは東京・有楽町駅前の交通会館にある「おかめ」だ。昭和40年開業という歴史を誇るこの店の「茶めしおでん」は980円。はんぺん、ちくわ、ごぼう巻きなど7種類のおでんと茶めしがセットになっている。年末年始に暴飲暴食して疲れた胃腸に染みわたる優しい定食だ。
ガッツリ食べて忙しい季節を乗り切りたいという人には、東京・高田馬場の「キッチンオトボケ」だ。実はこの店、著者の行きつけで全メニュー制覇をもくろんでいる。とある日に注文したのは「肉茄子炒め定食」600円。“肉”“茄子”という順番だけあって肉の量がすごい。ちょいと濃いめの味噌と油でコーティングされた豚肉とナスで、ご飯が進んで仕方ない。
これ一冊でサラリーマンの昼メシが豊かになりそうだ。
(竹書房 880円)
「やっぱり食べに行こう。」原田マハ著
ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、フリーのキュレーターとしても活躍している著者のエッセー。例えば、美食の街、フランス・パリ。滞在中の楽しみのひとつは、朝一番から始まる。それが、ブランジェリー(パン屋)でバゲットを買うことだ。オーブンから出てきたばかりの焼きたてのバゲットにかなう食はないという。
早起きして2ユーロコインをポケットに入れ、手ぶらで近所のブランジェリーへ出かける。バゲットの真ん中にくるりと紙を巻いて、はい、と手渡される。部屋に戻るまで待ちきれず、歩きながらあったかいバゲットをかじれば、パリッ、のち、モチモチ。その日の幸せは約束されたようなものだ。
イギリスのアップルパイ、オランダのウナギの薫製、MoMAのアスパラのリゾットなど、世界中のおいしいものであふれた本書。簡単には旅行できないこのご時世。いつか出かけられる日を夢見ながら、ページをめくりたい。
(毎日新聞出版 770円)
「あなたとなら食べてもいい」千早茜ほか著
今年も“黒枝豆”が届いた。尚子と誠一郎は仕事関係の飲み会で出会い、お通しの冷凍枝豆に文句を言った尚子に、誠一郎が教えてくれたのが黒枝豆だった。互いに食に興味があり、すぐに深い仲になった。しかし1年ほど経った頃、黒枝豆を茹でようとしていた尚子は、誠一郎の思いがけない言葉を聞くことになる。「なおは食べることにマメだよね。女房はめんどくさがりだからなぁ」。(千早茜著「くろい豆」)
俺たちがその店に行くのは、うまい酒や肴があるからではない。酒はビールも日本酒も1種類ずつしかなく、肴はその日の総菜が2、3皿と焼き海苔ぐらい。おかみさんは明るいが、その弟は無口で無愛想。しかし、客に興味を示さず放っておかれるこの店だからこそ、俺たちはくつろいで酒を飲むことができたのだ。(田中兆子著「居酒屋むじな」)
7人の作家による、食をめぐるアンソロジー。
(新潮社 649円)