「恋ふらむ鳥は」澤田瞳子著
船の中で産気づいた大田王女の世話をするように命じられた額田王が、産婆代わりに出産の始末まで請け負う羽目になったところから物語が始まる。
10年以上前に大海人王子と別れて宝女王(斉明天皇)に仕える身となった額田王が、その後大海人王子の妻となった大田王女の出産を手伝うのは不思議な縁だったが、大田王女は宝女王の嫡男で大海人王子の兄である葛城王子(中大兄皇子)の娘でもあり、額田王は無事な出産を喜んだ。そもそも大田王女が産気づいた船は、宝女王の命で百済の地へ戦いに赴く船団のひとつだった。酒の席で別れた額田王に返歌を歌えとからむ大海人王子に対抗し、葛城王子は軍勢の今後をことほぐ歌を作るように命じるのだが……。誰かの妻や母として生きるのではなく、宮人や万葉歌人として生きる道を選んだ額田王の半生を描いた歴史長編小説。白村江の戦いや壬申の乱など飛鳥動乱の世を生き抜いた1人の女性の人生を追う。
「熟田津に/船乗りせむと月待てば/潮もかなひぬ/今は漕ぎ出でな」など額田王が詠んだ有名な歌も数々登場。歌に託された額田王の思いも読みどころだ。
(毎日新聞出版 2200円)