著者のコラム一覧
井上理津子ノンフィクションライター

1955年、奈良県生まれ。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」といった性や死がテーマのノンフィクションのほか、日刊ゲンダイ連載から「すごい古書店 変な図書館」も。近著に「絶滅危惧個人商店」「師弟百景」。

喜多の園(京都市左京区)千駄木から京都・哲学の道、そして京大前に移転

公開日: 更新日:

 3度目の訪問だ。といっても、1度目は東京・千駄木にあった店へ2016年に。その後、「次は憧れの京都に出店します」と、いったん地元長野へお戻りになった後、マジで京都・哲学の道沿いに開店されたのが21年。2度目はそこへ。哲学の道は春と秋以外静かすぎたため、今年、2キロほど離れた京大正門近くへ移転。

「お久しぶりです」と迎えてくれた小笠原康博さん(64)は、変わらず自由人然としている。実は、嘉永6年創業の長野の茶舗の6代目。本好き・文学好きが高じて、茶舗を従業員に任せ、東京へ京都へ。自分が購入してきた数多の本を売る古本屋だ。

 名刺に「遅れてきた文学青年たちの店」とキャッチフレーズ。はは~ん、大江健三郎だ、と誰だって気づく。「小学校後半から中学は太宰治、中学後半から高校は大江健三郎、高校後半から大学は吉本隆明」が、いわく「精神的支柱」だったという小笠原さん。推定約7坪の店内に、1冊ずつパラフィン紙に包んだ、その3人の作家の著作が「全部」と言っていいほどずらり。

 太宰の「津軽」を手に取って奥付を見ると、「昭和19年」発行の初版で、太宰自身の手による押印が。「大学時代に神保町の古本屋で3万8000円で買ったもの」だとか。「貴重なものを売っちゃうって、太っ腹ですね」と言えば、「いえ、売りたくないですよ」って、ややこしいなー。でも「だいたいの本、2冊ずつ持っている」とも。

 古井由吉、黒井千次、小川国夫ら「内向の世代」をはじめ、三島由紀夫、高見順、坂口安吾、中野孝次、高橋和巳ら広く戦後文学の本がわんさかだ。値段をつけておらず、客に「いくらで買いたい?」と聞くそうだ。「安ければ安い方がいい」と答えたら、途端に小笠原さんの機嫌が悪くなる。学生や懐が寂しいがその本を読みたいオーラが出ている人には、うんと安くする。あるいは「あげる」。

「売るというより、渡していきたいんです」と小笠原さん。取材中に来店した常連の京大大学院生、石田善嵩さん(24)が「文学、哲学がこれほど揃った本屋は京都で一番です」。ふと「解放区」の3文字が頭に浮かんだ。

◆京都市左京区吉田牛ノ宮町4-4/京都市バス京大正門前から徒歩1分/℡075・606・5653/10~18時、日曜・祝日休み

ウチらしい本

「遥かなノートル・ダム」森有正著、筑摩書房、売値800円

「著者は1911年生まれ。明治の政治家・森有礼の孫。クリスチャンで、哲学者、フランス文学者です。戦後、海外留学再開の第1陣として1950年にフランスに渡り、そのまま帰って来なかったんですね。この本は、自分の思想のようなものを書いた、いわば哲学エッセー。67年初版で、私は複数冊持っていますが、お売りするのは翌68年刊の8刷。とても魅力ある本ですよ」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高嶋ちさ子「暗号資産広告塔」報道ではがれ始めた”セレブ2世タレント”のメッキ

  2. 2

    フジテレビ「第三者委員会報告」に中居正広氏は戦々恐々か…相手女性との“同意の有無”は?

  3. 3

    大阪万博開幕まで2週間、パビリオン未完成で“見切り発車”へ…現場作業員が「絶対間に合わない」と断言

  4. 4

    兵庫県・斎藤元彦知事を追い詰めるTBS「報道特集」本気ジャーナリズムの真骨頂

  5. 5

    歌手・中孝介が銭湯で「やった」こと…不同意性行容疑で現行犯逮捕

  1. 6

    大友康平「HOUND DOG」45周年ライブで観客からヤジ! 同い年の仲良しサザン桑田佳祐と比較されがちなワケ

  2. 7

    冬ドラマを彩った女優たち…広瀬すず「別格の美しさ」、吉岡里帆「ほほ笑みの女優」、小芝風花「ジャポニズム女優」

  3. 8

    佐々木朗希の足を引っ張りかねない捕手問題…正妻スミスにはメジャー「ワーストクラス」の数字ずらり

  4. 9

    やなせたかし氏が「アンパンマン」で残した“遺産400億円”の行方

  5. 10

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」