「宮澤喜一の足跡」高橋輝世著/旬報社(選者・佐高信)
「宮澤喜一の足跡」高橋輝世著
副題が「保守本流の戦後史」のこの本は、大事な政治家、宮澤喜一についての事典と言ってもいいような貴著である。細かく文献を渉猟した上で、登場人物のセリフを脚色してわかりやすくしている。
田中角栄と中曽根康弘は同い年で、1歳下の宮澤はその陰に隠れた形になっているが、石橋湛山の系譜を受け継ぐ最も首相らしい首相だった。現在の自民党議員に欠けている権力への抑制心と寛容の精神を併せ持っていた。
宮澤は47歳の時に「社会党との対話」(講談社)という本を出している。刊行された1965年の時点で、宮澤は「いまの段階でいちばん苦しいのは中小企業」だとして、激しい大企業批判を展開している。
「現在多くの大企業が中小企業に対してやっていることは、物は作らせる、金は払わないという、いわば泥棒に近いことである。中小企業が倒産の危険に立つと、金融機関は自分の担保の執行だけに専念して、他の債権者のことや、その企業の将来は、ほとんど考慮しないという態度に出ることがしばしばある。少なくとも、大企業や金融機関の末端に当る地方では、そういうことが毎日行われている」
だから、ここのところは国家権力が介入して大企業の「泥棒類似行為」をやめさせなければならないという宮澤は権力というものをどう使うべきかをよくよく知っていた。
そして最期まで護憲を貫いた。1995年に出した「新・護憲宣言」(朝日新聞出版)で宮澤は、聞き手の若宮啓文に、
「宮澤さんは護憲派とよく言われますが、ご自分でもそれでよろしいわけですね」
と問われ、
「いまの憲法を変える必要はないと考えている人間です」
と答えている。30年前の「社会党との対話」での次の考えを貫き通したのである。
「大切なことは、かりに、国民の90%ぐらいが、どうもこの部分はよくないから改めよう、というのならそれもよかろう。しかし、いやしくも改正すべきかどうかについて、世論が6.4とか7.3とか、そういう分かれ方をしそうな場合は、改正すべきではあるまい。国の法律のいちばん基本になる憲法の改正を、数の力で争う場合に生じる国内の分裂を考えただけでも、それだけの労に価しないことは明らかだと思う」
いま、最も顧みられるべき政治家についてのタイムリーな労作である。 ★★★