「論語と算盤」渋沢栄一著/角川ソフィア文庫
「論語と算盤」渋沢栄一著/角川ソフィア文庫
最近ビジネス系の編集者としゃべったらこう言った。
「この1週間で3回『論語と算盤』の話を聞きました。ブーム来てるんですかね?」
日本における経営の礎をつくったともいわれる渋沢栄一は新1万円札になるだけでなく、2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公になるなど、ブームになる素地はあった。それに加えて、現在の不安な社会情勢だ。渋沢の論、そして懸念が時代のニーズに合っているのでは、という感想を一読して抱いた。
本書は渋沢の経営哲学を談話形式で記したものだが、考え方の原点は孔子の「論語」にあるとする。超簡略化してしまうと「まともな人間であれ」「まともな経営をしろ」ということにある。さまざまな経験をした渋沢の含蓄ある言葉が論語に紐づけられて並ぶ。
〈孔子が「仁に当っては師に譲らず」と言った一句、これを証して余りあることと思う、道理正しきところに向うては飽くまでも自己の主張を通してよい、師は尊敬すべき人であるが、仁に対してはその師にすら譲らなくてもよいとの一語中には、権利観念が躍如としているではないか、(中略)広く論語の各章を猟すれば、これに類した言葉はなお沢山に見出すことが出来るのである。〉
論語から現代社会に当てはめるべき考え方をこのように記し、人間のありようを説く。本書は維新から半世紀の1916年初版だが、こんな記述もある。
〈度々識者が力説する通り、我が国民の思想には忌むべき弊習がある、それはすなわち外国偏重の悪風である、外国品だからとて別段排斥する必要がないようにこれを偏重するのあまり内地品を卑下する理由もない筈である、しかるに舶来品といえば総て優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及しておるのは誠に慨嘆に耐えない〉
ここまであえて渋沢の言葉をそのまま紹介してきた。内容は極めてうなずけるものだが、とにかく一文が長い。漢文の頻出とこの長い一文がキツい人が多いことを出版社は理解しているのだろう。「図解」「まんがで名作」「現代語訳」などさまざまなバージョンがある。内容に興味がある方はこうした別版を読んでもいいかもしれない。
昨今の自民党の裏金問題や官僚の不祥事がよぎる箇所もある。
〈官にある者ならば、いかに不都合なことを働いても、大抵は看過されてしまう、たまたま世間物議の種を作って、裁判沙汰になったり、あるいは隠居をせねばならぬような羽目に遇うごとき場合もないではないが、官にあって不都合を働いておる全体の者に比較すれば、実に九牛の一毛、大海の一滴にも当らず〉
そのうえで、民間人はすぐに摘発されると述べ、官民の扱いの差を指摘している。人間の根っこは孔子以来変わらないのだ。 ★★半(選者・中川淳一郎)