「真・プロレスラーは観客に何を見せているのか 30年やってわかったこと」TAJIRI著 徳間書店(選者・中川淳一郎)
プロレスでプロフェッショナルの在り方を語った凄技に脱帽
「真・プロレスラーは観客に何を見せているのか 30年やってわかったこと」TAJIRI著
世界的プロレスラー・TAJIRIがプロレスについて書いた本ではあるものの、実際は完全なるビジネス書である。第3章はプロレスの技術に関するものではあるが、他は一般的な社会人にとって重要なことを次々と示す。これは驚いた。何しろ、プロレスという特殊ジャンルであろうとも、一般化ができるのだ。
その一般化というものについては「プロフェッショナルであれ」という面においてはプロレスラーであろうが営業マンだろうが経理マンだろうが同じなのである。当然私のようなライター・編集者だって同じだ。
そんな心構えをTAJIRIは示す。そして、同氏は世界を取った男である。そんな男が、プロレスを題材にしつつも、一般化できるビジネス上の心構えを説く。
〈いつのころからか、コーナーへ上がるさいや、大きな技を決める前になると、お客さんに向かって「オイオイオイオイオイ!」と手拍子を要請する選手が多く見られる。オレは、あれは最低だと思っている。
魅せるべき側のプロレスラーが「手拍子をしてください」とお客さんにお願いをしているのである。それに何かをしようとしていることが相手選手にばれてしまうではないか〉
プロレスというものは、「ギミック」とも言われ、絶妙な空気を読む作法が選手も観客も共有してこそ成立するものである。元々は力道山が空手チョップで外国人選手をなぎ倒し、日本人を鼓舞していたのだが、これはその時の日本全体を覆う空気感を見事に体現していたといえよう。何しろ敗戦後、自信を失っていた日本人の希望を力道山が復活させてくれたのだから。
〈ここ数年、プロレスの技術は進化していると言われている。しかし、これはあくまでも「個人的」なのだが、実はそうではなく、ただ単にマニアに向けたそれに傾きつつあるのではないかと感じている〉
プロレスというものは、このように、日本人全体に深い影響を与えるものなのだが、TAJIRIの本著は、日本人が今後どのように生きるか、を示してくれる。基本的にTAJIRIはプロレスがマニアのものになっていることを危惧し、九州プロレスという子供も多数来場する興行こそプロレスだと思っている。そうしたことから、「私の相手すべき顧客は誰か?」というビジネスパーソン全体に通底するテーマをこの一冊で描き切ったといえよう。 ★★★