著者のコラム一覧
嶺里俊介作家

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部卒。2015年「星宿る虫」で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、デビュー。著書に「走馬灯症候群」「地棲魚」「地霊都市 東京第24特別区」「昭和怪談」ほか多数。

海外の古典 ~『聊斎志異』『千一夜物語』~はハードルは高いが必読の2冊

公開日: 更新日:

怖いというより、奇妙で不思議な中国の妖怪話

 前回は日本の古典を紹介したので、今回は海外のものを。

『聊斎志異(りょうさいしい)』。

『三国志』『水滸伝』『西遊記』と並ぶ中国の古典。中国における、1636年から始まった清の時代の初期に書かれた短編小説集です。作者は蒲松齢(ほ しょうれい)。聊斎は蒲松齢のいわば筆名で、奇異なことを志(しる)した書という意味になります。全巻約500話になる。

 その殆どは妖怪話です。怖いというより、奇妙で不思議な話。幽鬼や花鳥竜虎が人に変化して、当たり前のように生活しています。

 水木しげる御大が描いた世界観と親和性が高く、人と妖怪の間に生まれたねずみ男とか、幽霊族の鬼太郎に化け猫の猫娘が恋心を抱くみたいな世界観に馴染んでいる人には、するりと本作の世界に入れると思いますよ。なにより私がそうだったから。

 本作を読むにあたり、気をつけねばならないことは、言葉の意味。同じ字であっても、昔の中国と現代の日本とでは意味合いが異なります。まんま読むと、違う意味にとってしまいます。

 作品内で語られる『鬼』とは、祖先を含めた人間の霊。亡霊のことです。『神』とは自然神。現代日本では身近にいるよね。近所とか職場とか。心震えた作品を創った人は『神』だし、その作品は『神作』と呼ぶし。

 中国の史書に登場する九尾の狐は、日本でも知名度がある霊獣です。本書の『美しき狐』では娘に化けて人間と交わり子を成しています。

『幽霊塾の人たち』では、留守番をしていた者たちが次々と死んでいくのだが、それはみな幽霊と身体を交えたから。しかも茨の棘が刺さると痛がるという人間臭い亡者です。さらに亡霊のくせに、もう一度死んで埋葬されるのだから混乱してしまう。

「あの世の者だからと、つれなくしないでくれたまえ」

「あたしが夢のなかでお迎えに参ります」

「鬼神は古今の聖賢が伝える所であるのに、君はどうして無いと言えるのか。じつはこの僕がすなわち鬼なのだぞ!」

 こんな台詞がごく普通に飛び交う世界なので、道ですれ違いざま「身に鬼気あり」と言われても、たじろいではいけないのである。

 本書の『雲蘿公主(うんらこうしゅ)』では、手談──碁を打つこと──で、なにも言わずに互いを読み合うのだから、やはり人間以上かもしれない。

 この作品、いきなり最初から全作に目を通すのはハードルが高いかもしれないので、陳舜臣著『聊斎志異考』(中公文庫)がお勧め。著者が全12巻本の中から1話ずつ選んで日本語に翻訳し、文中に解説を挿入しているので分かりやすい。初版は1997年ですが、2011年に改版が出ています。

死を免れるために毎夜語られた「千夜一夜物語」

 次は『千一夜物語』。

 1704年に、イスラム世界の説話がアラビア語で編纂された民話集を、学者アントワーヌ・ガランがフランス語に翻訳して『千一夜』として出版されたものがメジャーになったものです。このときは話の数が300に満たないものでしたが、その後に話が次々と追加されて、『船乗りシンドバード』『アラジンと魔法のランプ』『アリ・ババと40人の盗賊』など、馴染みがある話が新たに含まれました。

 日本で出版されたのは明治8年(1875年)、タイトルは『千夜一夜物語』でした。

 私がこの書に手を出したのは高等科──高校生のときでした。なかなか読む決心がつかなかったのは仕方ない。だって岩波文庫で当時は全26巻でしたもの。そりゃあ躊躇します。それが全8巻となったことで、卒業前に読破してやろうと決心しました。

 もちろん話の内容も刺激がありますが、それ以上に大枠の設定が怖い。ある国の王が妻の浮気を目の当たりにして女性不信に陥り、毎晩国内から処女を募り、一晩過ごしたのちに処刑してしまう。大臣の娘シェエラザードは一計を案じ、続きが気になるような面白い話を毎夜語ることにより命を長らえていく。興味が湧かない話をしたが最後、首を刎ねられる──。

 シェエラザードの、命を懸けた語りです。話に入る前から手に汗を握ってしまう。

 ■封印を解いて助けたのに殺される?

 のっけから命懸け。『漁師と鬼神(イフリート)との物語』。

 あるとき老漁師が漁で引き上げた壺の封印された蓋を開けてみると、魔神(ジンニー)を名乗る鬼神が現れる。壺に閉じ込められ海の底に封じられた、と彼は言い、老漁師に詰め寄る。

 鬼神は海の底で考えたという。「俺を救い出してくれた者には──」

 最初は「永久の富を与えてやろう」。

 次の100年は「地のあらゆる宝物を探(たず)ねだして、くれてやろう」。さらには、「3つの願いを叶えてやろう」。

 こうして1800年が過ぎた。そして彼は思い直した。

「俺を救い出してくれた者は、殺してやろう。だが死に方を選ばせてやろう」

 なんでやねん。封印を解いて助けたってのに、なんで自分、死ななあかんねん。──と突っ込みたくなるほど理不尽な展開と恐怖。

 そして本コラムも、『千一夜物語』の語り手シェエラザードのように結んで次へ繋ぎましょう。

「次に語るお話に比べれば、今回の話などなんてことはありません」



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