ホラーの帝王 ~スティーブン・キング~
キューブリック監督の「シャイニング」にキングが激怒
スティーヴン・キングの名前を聞いたことないなんて人、いませんよね。
著作タイトルを並べたら、それだけでこの原稿は終わってしまう。名実ともに世界のキングです。帝王です。
今年は『キャリー』のデビューから数えて50周年だそうで。いやはや50年間もホラーの世界に没頭し描き続けたとなれば、まともな社会人の感覚とかけ離れてしまうのではと思ってしまいます。
『シャイニング』は、スタンリー・キューブリック監督の映画が大ヒットしたのですが、同時に、キングが激怒した作品としても有名。
特にホラージャンルでは、映画製作にあたってショッキングな場面や映像を繋げていく手法がとられるため、ややもすると著作者の意図が疎かになりがちです。
(「それでも構わないから誰か私の作品を映像化してくれないものか」と私の背後霊がうるさい)
別作品だと割り切れればいいのですが、設定や話が違ってくると、著作者の逆鱗に触れることもあります。
キングがこの作品に込めたものは家族愛。
小説、キューブリック版映画、キング自身監修によるドラマ版を比べて違いを楽しめるようなら、あなたも間違いなくホラー好きの一人です。私のお仲間だ。
『IT』も、映画版が複数ある作品。もちろんIT業界のことではない。
IT(それ)──ピエロを見たら死ぬ。絶対に助からない。なぜなら、ピエロが見えたということは、すでにITの世界に取り込まれて逃れられない状況になっているということだから。
とある町には、ITが棲みついている。27年ごとに現れては住民を襲う。しかし住民たちが他へ助けを求めようとしても、町を出ると記憶が消えてしまう──。
この作品には、子ども時代に抱いたさまざまな思いが描かれています。生涯、けっして忘れてはいけない思いが。
多くのキング小説の中で、私がもっとも泣いた作品です。
町を離れると記憶が消えてしまう。全員がそのことを理解しているのに、みんなが互いに言葉を掛けあいながら去っていく姿に涙が溢れて止まらなかった。
忘れていませんか。子ども時代、学生時代に毎日遊んだ友だちのことを。クラスが変わっても仲良くしようね、と声を掛けあった友だちを。
──あなたは覚えていますか。
■不眠不休でただ歩き続けるという設定に背筋が凍る
『死のロングウォーク』──私が、いちばん好きな作品。
『バトル・ロワイアル』の20年前、キングがリチャード・バックマン名義で1979年(昭和54年)に発表した作品です。
16歳の主人公が、家族や恋人との再会を果たしたいと希望して、優勝者はどんな希望でも叶えてもらえるという競技『ロングウォーク』に参加するというストーリー。
ロングウォークは年1回開催され、12歳から18歳までの100人で競われる。
不眠不休で、ただ歩き続ける。他者を妨害してはならない。歩く速度が4マイル(6.4キロメートル)以下になると警告を受ける。4回目で、併走している軍隊に銃殺される。
最後まで歩き続けた者が勝者となり、望むものを手にすることができる。
──この設定だけで背筋が凍る思いがしませんか。
眠ることはできない。排便も歩きながら行う。こむら返りを起こしたら、それだけでアウト。
参加は強制ではなく任意。互いの干渉は不可。この2つの要素が秀逸だと思う。
他人を妨害してはならない。同じ道を歩いているのでライバルの姿は近くに見える。絵的に派手なものではないし、銃声とともに一人ずつ死んでいくだけ。妨害はルール違反なので、自然と自分との戦いになる。体力や心が折れたら負け。その場で射殺されます。
本作は、キングが大学生のときに書いた初めての小説。学生から社会人へと巣立つ前に誰しもが抱く、社会に対する不安や恐怖が小説のかたちをとって顕現したものです。
内包されているものは彼の世界観。社会の縮図だ。
私たちは日々働き続けることで生活を送っている。そして、働けなくなった者から社会から脱落し、処分される。
もしあなたが仕事や生活で心が疲れているのであれば、すんなりと作品世界の中へ誘(いざな)われることでしょう。