「私はヤギになりたい」内澤旬子氏

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「私はヤギになりたい」内澤旬子氏

 作家の書斎から世界の屠畜現場まで、幅広いジャンルを題材に緻密なイラストやルポルタージュを手がけてきた著者。2014年からは小豆島に移り住み、5頭のヤギと暮らしている。本書は、小豆島の自然とヤギ飼い生活を描いたイラストルポだ。

「前著の『カヨと私』ではヤギとの暮らしの始まりを描きました。そして今作は、ヤギとの暮らしから見えてきた、小豆島の四季と植物の移り変わりを軸としたイラストルポになっています。気づけば小豆島中に生えている雑草や雑木の成長具合や変化に詳しくなったのも、ヤギたちのおかげ。島での生活も移住当初の予想とはだいぶ変わってきています」

 そもそもヤギを飼ったきっかけは、家の周囲の雑草を食べてもらおうとしたからだという。こうして最初にやってきたのが雌のカヨ。ところが著者のもくろみは大きく外れることとなる。

「いざ家の周りに放してみても草を食べてくれない。そして除草にならないどころか、食べないから痩せていくんです。あのときは困り果てました」

 干した牧草を本土まで買いに行くには手間も送料もかかりすぎる。著者はカヨに綱をつけて散歩をさせながら島のあちこちで草を刈り、彼女の好みの草をしらみつぶしに探したという。

「結果として、家の周りの草がカヨのお気に召さなかっただけで、島にはヤギが好む草が山ほどあることが分かりました。こうして、さまざまな雑草の旬を掌握し、時期を狙って草を刈り集める生活が始まりました」

 本書は歳時記のごとく、四季折々のヤギの好物と著者による草刈りの様子が描かれていく。たとえば、春のマメ科の雑草である烏野豌豆。ヤギたちの好物の中でも上位にランクしており、日当たりのよい斜面など繁茂する場所に駆けつけてはせっせと刈り取る。大量繁殖が始まる4月後半には遠くの畑地まで軽トラを走らせ、荷台いっぱいに刈らせてもらう。

「春の贈り物としては葡萄の新梢もヤギたちの大好物で、切り取った余分な新梢を農家さんに分けていただいています。ヤギの餌を追い求めることで人とのコミュニケーションの機会も増えています。ヤギがいなかったらこうはなっていないでしょうね」

 ヤギが好む蔓を食べさせるためだけにサツマイモの栽培に精を出したり、現在はオーツ麦をフサフサに育てることが目標だという。もちろん、これもヤギに食べさせるためだ。除草目的で飼い始めたはずが、今ではヤギのリクエストに応えるべく奔走しているのが何ともおかしい。

「生き物に食べさせるという行為が、ある種の快感にもなっていると思う。また決まったフードがある犬や猫などのペットとは違い、四季折々の餌を通じてヤギとのコミュニケーションが図れるのも面白さのひとつです。セカンドライフで移住を考えている人には、ぜひヤギ飼いをお勧めします。季節や自然との関わりに敏感になり、やることが無限大に増えるけれど、本当に飽きませんよ」

 農機具の使い方やヤギの小屋づくりなどにも触れられており、イラストでヤギの可愛さにも癒やされる本書。自分のヤギ飼い生活を想像してみたくなる。

(山と溪谷社 1980円)

▽内澤旬子(うちざわ・じゅんこ) 1967年、神奈川県生まれ。文筆家、イラストレーター、精肉処理販売業。「身体のいいなり」で第27回講談社エッセイ賞受賞。「センセイの書斎」「世界屠畜紀行」「飼い喰い 三匹の豚とわたし」「ストーカーとの七〇〇日戦争」「内澤旬子の島へんろの記」「カヨと私」など著書多数。

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