「よむよむかたる」朝倉かすみ氏
「よむよむかたる」朝倉かすみ著
物語の舞台は北海道の小樽。古民家カフェで月に1度、「坂の途中で本を読む会」が開かれる。メンバーは平均年齢85歳の男女6人。コロナ禍明けの久々の読む会に全員が早々と顔をそろえ、再会の喜びに沸いた後、老人たちの読書会が始まった。
「私の母がもう20年近く読書会に参加していましてね、その『行きたさ』が熱烈なんですよ。読書会は私の生きがいだから何があっても絶対に行く、行かせてください!みたいな(笑)。どうしてそんなに行きたいんだろう、と思ったのがこの小説を書くきっかけでした」
読書会のスタイルはいろいろだが、作中の読む会では1冊の課題本をみんなで少しずつ読んでいく。事前に割り当てられたページを1人ずつ順番に朗読し、感想を言い合う。読解するわけでも、まとまった意見を述べるわけでもないのだが、老人たちは目を輝かせて語り合う。
「仲間と一緒に読めば、語りたくなりますよね。本の中の言葉や文章から連想したこととか、個人的な思い出とか。本を仲立ちにすると、ただ世間話をするのと違って非日常の世界で遊べます。想像力が働くし、程よい緊張感もあって、語り合うのをやめられない。それがこの人たちを生き生きさせているんだと思います」
読む会のメンバーは、元アナウンサーの会長以下、年の差婚夫婦、元教師で同僚の2人、そして離婚歴ありの母親。レトロなカフェに集い、世間や家族の縛りから解き放たれた老人たちは、素の自分をさらけ出す。空気の読めない発言が飛び出したり、人の話をポッキリ折ったり、感極まって泣き崩れたり。
そんな老人たちに驚き、少し冷めた目で見ている青年がいる。カフェを叔母から任された雇われ店長の安田くん28歳。小説家デビューしたものの、書けなくなって心を閉ざしている。
読む会の面々はそんなことはおかまいなしに安田くんを新会員に迎え入れ、読む会20周年記念誌と公開読書会の責任者に抜擢する。難しく考えず直感的に語る老人たちと接するうちに、いつしか心の掛け金がはずれ、頭でっかちの安田くんは少しずつ変わっていく。本作は挫折した若い小説家の再生の物語でもある。
「安田くんは若い人と老人の間を通訳する役目を担っているんです。若い人から見ると老人は分断された別の存在かもしれませんが、自分たちの行く先が老人。若い人と老人は続いているんだよ、ということも伝えたかったんです」
老人たちにも若いときがあって、今がある。つらい出来事もあったし、心楽しい時間もあった。読んで語るたびに、それぞれの人生の断片がこぼれ出る。
「本を読んで語り、話を重ねていくと、その人だけの新しい物語が生まれます。1冊の本から、読んだ人の数だけ物語が生まれるんですよ。この本もそうなってくれたらうれしいですね」
上機嫌で語り合う老人たちは、読書会の醍醐味を余すところなく伝えてくれる。こんな時間と空間を仲間と共有できたら、リタイア後の人生はずっと楽しくなりそうだ。 (文藝春秋 1870円)
▽あさくら・かすみ 1960年北海道小樽市生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞、04年「肝、焼ける」で小説現代新人賞を受賞し作家デビュー。以後「田村はまだか」で吉川英治文学新人賞、「平場の月」で山本周五郎賞受賞。ほかに「てらさふ」「満潮」「にぎやかな落日」など著書多数。