「アーティスト伝説」新田和長著
「アーティスト伝説」新田和長著
65歳以上の人なら、「だって俺泳げないんだもん」の台詞が入る「海は恋してる」という曲を覚えているだろう。歌っていたのは早稲田大学の学生バンド、ザ・リガニーズで、そのリーダーが著者だ。同曲は口コミで話題となりレコード化となる。その担当が東芝音楽工業(後の東芝EMI)の花形ディレクターでビートルズを手がけた高嶋弘之だ。その高嶋から「無試験でいいからウチに入れ」と誘われ、著者は音楽プロデューサーの道を歩むことになる。
1969年、東芝音工に入社した著者は新レーベルの「エキスプレス」の担当となり、新しいアーティストを発掘するためにオーディションを企画する。そこで出会ったのがデビュー前のRCサクセション。デビューシングルの発売直前に、リーダーの栗原清志が名前を変えてほしいと頼み込んできた。著者は反対するが栗原は押し切った。忌野清志郎の誕生だ。
この話を皮切りに本書には錚々たるアーティストと著者が関わった楽曲が登場する。赤い鳥(「竹田の子守唄」「翼をください」)、加藤和彦と北山修(「あの素晴らしい愛をもう一度」)、チューリップ(「心の旅」「青春の影」)、かまやつひろし(「我が良き友よ」)、長渕剛(「巡恋歌」「順子」)、森山良子(「さとうきび畑」)、平原綾香(「Jupiter」)、小田和正(「ラブ・ストーリーは突然に」)……。
いずれもそれぞれの楽曲の制作現場に立ち会った者ならではの貴重な思い出が語られる。中でも高嶋からビートルズの「アビイ・ロード」のマスターテープを託されて、日本で最初にその音に接したという経験は羨ましい限り。おまけにそのビートルズを育てたプロデューサーのジョージ・マーティンに弟子入りを果たし、晩年まで親交を深めた。そうした洋楽の血が、著者が牽引した日本のニューミュージックに脈々と受け継がれていることがよく見えてくる。 〈狸〉
(新潮社 2420円)