二股被害は屁でもない? 冨永愛「自伝」で分かった壮絶人生
「わたしが死ぬ代わりに、あいつらを殺してやろうと思った。みんな、みんな、ぶっ殺してやる!」
高校の入学式でイメチェンした。制服のスカートを40センチ切り、化粧して不良に変身。胸ポケットには14歳から吸い始めたショートホープの箱。「向こうから目をつけられる前に自分から近寄ってタイマンを張った。負けた記憶は一つもない」。そして「気づいたら、学年で一番悪い生徒になっていた」と転落も経験した。
だが、中2から始めたモデルの仕事が冨永の人生を変えた。17歳でニューヨークに渡り、生意気な態度がクールと喝采を浴び、アジア人初のスーパーモデルとしてのし上がっていく――。
残念ながら塩谷瞬との「二股愛」には触れていないが、それでも読後感はスッキリした内容になっている。