「寅さん一家」がまた一人お別れ…佐藤蛾次郎はアラカンを師と仰いだ
竹中労の『鞍馬天狗のおじさんは』(ちくま文庫)を大傑作と思い、私が編んだ『新・代表的日本人』(小学館文庫)では、幸徳秋水や与謝野晶子と並ぶ10人の「代表的日本人」の1人にアラカンを入れた私には羨ましい限りの話である。残念ながら私はアラカンに会えなかった。戦争中の前線慰問の語りを引く。
「職業軍人ゆうたら戦争中の特権階級や、とくに参謀部や恤兵部(じゅっぺいぶ)はあきまへんな。女郎屋と結託してワイロとっとるん、占領軍かてそうでっしゃろ。兵隊かわいそうや」
「憲兵、ほんまに怖かった。チンタオで俥(くるま)曳きが斬られるところ、この目で見ました。ここは通れんとか何とか口返答をした、ほたら軍刀をぬいていきなり肩口をズボッ、バーッと血が飛んだ。心臓が凍った。無抵抗な者を! はいな、むかってくる者ならよろしい。日本軍、弱いものいじめや。これが憲兵の腕章つけとった。戦争あきまへん」
前記の『おーい、寅さん』は『朝日』の「ニッポン人脈記」の連載である。この企画のプロデューサー的立場にいたのが昨年亡くなった早野透だった。私との掛け合いで『寅さんの世間学入門』(KKベストブック)を出すほど寅さん映画にのめりこんでいた早野は、何とか寅さんシリーズで一本と思い、下町支局長などをやり、寅さんに入れこんでいた小泉に目をつけて、社会部長に頼む。3ヵ月ほど寅さんに専念させてくれというわけである。それで小泉は「あとがき」に「朝日新聞コラムニストの早野透さん」にお世話になったと書いている。寅さん一家も次々と欠けていく。