格闘技界と芸能界を自在に行き来するノンフィクションの賞獲り男として、細田昌志の快進撃は当分続くのではないか。
題名通り、同書は戦後復興の象徴として国民的人気を博した〈日本プロレス界の父〉力道山の4人目にして最後の妻・田中敬子さんの評伝。読書欲をいたく刺激する「遺された負債は30億円。英雄の死後、妻の『戦いのゴング』が鳴った」という帯文は、誇張でもハッタリでもない。ページをめくればすぐにわかる。1960年の暮れ、なんと260倍の超難関を突破して日本航空のCAに採用された19歳の女性は、じつに、じつにチャーミングなのだ。だが細田さんの筆があまやかな波に溺れることはけっしてない。また、敬子さんをとりまく若者たちの登場するタイミング、彼らのキャラクターの立ち具合、どれも思わせぶりながら十分に抑制も効いており、著者のバランス感覚の冴えは憎らしいほどだ。当時まだ名もなき若者だった彼らこそは、のちのアントニオ猪木、人気作家・安部譲二、ジャーナリスト大宅映子、あるいはサザンオールスターズ原由子であったりするのだから。
■細田さん、これ売れるよ。
しかしなんといっても、力道山その人だ。家父長制が色濃い時代と業界にあって〈父〉と謳われた謎多き朝鮮半島出身の男性。粗忽で暴力的な一方で、おそるべき事業センスの主であり、多分にロマンティックでもある。書き手がちょっとでも気を許せばたやすく講談調に堕してしまいそうな厄介な人物だが、ここでも細田さんの踏みとどまる力は本領を発揮。国民的英雄(でありモンスター)の並外れた引力に抗う筆の剛さよ。夢半ばにして途絶えた格闘家の人生の時間を描きながら、大野伴睦、正力松太郎、児玉誉士夫といった戦後日本史の怪物たちを織り込むことにも余念がない。格闘技界と芸能界を自在に行き来するノンフィクションの賞獲り男として、著者の快進撃は当分続くのではないか。そんなことまで思わせる快作である。細田さん、これ売れるよ。