「『お静かに!』の文化史」今村信隆著
「『お静かに!』の文化史」今村信隆著
美術館など各種ミュージアムでは「他のお客さまの迷惑にならないように静かにご鑑賞ください」といった掲示がよく見られる。こうした「お静かに」という要請はミュージアムに限らず、クラシック音楽のコンサート、昔のジャズ喫茶などでも当然のごとくなされていた。そこには、芸術作品にじっくり向き合い鑑賞するには静けさが必要だという考えがある。一方で、押し黙って作品と向き合うなど堅苦しくて嫌だ、友達とその作品について語り合いたいという考えもある。本書は芸術鑑賞における〈沈黙〉〈静粛〉とその対極にある〈語らい〉〈対話〉〈声〉の意味を幅広い視野から考えていこうというもの。
公共の場で大きな声を出してはいけないというのでまず思い浮かぶのは図書館。図書館で声を出してはいけないというルールは明治以降に定着した。それまでの日本人は本を読むのに音読が普通だったが、図書館のような公的な場が生じたことによって必然的に黙読が要請されるようになった。これは図書館のみならず公共交通機関などでも同じだ。そこには公共性の問題が立ち上がってくる。
そうした公共の場での沈黙の要請に対して、近年では「対話型鑑賞」を試みる美術館が増えている。音のない静寂な鑑賞ではなく、絵から受ける印象を語り合い、作者や作家についての知識を補い合い、議論を交わす。そうした対話型鑑賞は、個人で向き合うのとはまた違った価値が生じる。また、視覚に障害のある人が絵画を鑑賞する場合にはガイドの人の説明する言葉が必要不可欠であり、説明することによってガイドする人も新たな発見が生じる。そこには静寂一辺倒だった美術館とは違った豊かな語らいの場が生まれてくる。
沈黙と語らいのどちらが正しいかを問うのではなく、双方の良さを確認しつつ、自在に鑑賞をすることが芸術を味わう楽しさなのだろう。 <狸>
(文学通信 2090円)