オカルト好き? 次期監督候補クリンスマン“奇人変人”伝説
03年にカリフォルニア州の地元クラブで偽名を使ってプレーしたことがあるが、実質的には98年に英プレミアリーグのトットナムを最後に現役を引退。指導者ライセンスを取得し、04年から06年のドイツW杯までドイツ代表監督を務めた。
若手重視の監督で06年W杯ドイツ大会に当時21歳のMFシュバインシュタイガー、21歳のFWポドルスキ、21歳のDFメルテザッカー、22歳のDFラームなど後年、ドイツ代表の重鎮となる若手を次々と抜擢。母国開催のW杯で3位に食い込み、批判的な一部守旧派たちを沈黙させた。
04年、クリンスマンにとって画期的な出会いがあった。
選手としてドイツ代表歴がなく、引退後はドイツやオーストリアの中堅クラブで采配をふっていた<戦術オタク>の現ドイツ代表監督レーウ(58)をドイツ代表の戦術担当コーチとして引き入れたのである。
「チーム戦術、戦術トレーニングなどはすべてレーウに任せ、選手の体力強化はフィジカルコーチに、体調管理はコンディショニングコーチに、対戦相手の分析はアナリスト担当コーチに任せ、自分自身は<各担当コーチとアシスタントを信頼して仕事をすべて任せる系の指揮官>です。クリンスマンは、まずはチームの方向性を定め、そこにチーム一丸となって突き進んでいくようにうまく仕向ける<モチベーター型の監督>と言っていいでしょう。性格は柔和で理知的なナイスガイ。トルシエ、ハリルホジッチ元監督みたいなエキセントリックな部分もなく、日本社会に順応してくれると思います」(現地ロシアでW杯取材中の元ワールドサッカーグラフィック編集長・中山淳氏)