大乱闘の試合後に、傷だらけのトレーバーとまさかの遭遇
金田監督からは、「選手同士で酌をしてはいけない」と言われていたが、後輩が先輩の酒をつぐのはマナーのようなもの。無意識のうちに、酌をしてしまったわけだ。
とはいえ、そのコーチは、金田さんが禁止していたたばこを私からもらって吸っていた。ルール違反という点では、どっちもどっちである。見て見ぬふりはできないにせよ、「次から気をつけろよ」と注意するくらいならまだしも、大声で怒鳴り上げるものだから、私は思わず、「球場で僕があげたたばこを吸ってたでしょ!」と言い返してしまった。今となっては笑い話である。
そんな出来事がありつつ、金田さんはグラウンドでは、自ら乱闘の先陣を切ることもあった。
最も印象的な出来事といえば、1991年5月19日の近鉄戦(秋田)。巨漢助っ人のトレーバーとの大乱闘事件だ。
左腕の園川一美から死球を受けて激高したトレーバーは、逃げる園川を外野まで追いかけた。両軍もみ合う中、一度は全員がベンチに引き揚げたものの、トレーバーの怒りは収まらなかった。一塁ベンチ前にいた金田さんを見かけて、再び襲い掛かったのだ。