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六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

1984年ロス五輪はエポックメーキングな大会だった

公開日: 更新日:

 そんな東欧諸国の選手たちは、あくまで「プロではない」ために五輪にも出場できる。彼らが強いのは、当たり前のことだった。

 1972年のミュンヘン五輪で初めて金メダルを獲得したポーランドの主力選手には俊足FWのラトー、ガドハ、技巧派MFのディナ(ミュンヘン五輪得点王)らがいた。彼らは2年後の1974年の西ドイツW杯でも主力としてプレーし、3位躍進に大いに貢献した。

 そうした五輪の流れに変化が起きたのが、1984年のロス五輪だった。いわゆる〈プロ化の波〉である。

■「五輪の商業化」として転機に

 その流れを具現化したのが1980年モスクワ五輪の後、IOCの会長に就任したサマランチとロス五輪大会委員長のユベロスだった。日本を含めた西側諸国がモスクワ五輪をボイコットしたことで、4年後の1984年ロス五輪は東側諸国がボイコットした。そのロス五輪は「五輪の商業化」として転機となった大会だった。

 2021年夏に開催予定の東京五輪は、1年間の延期によって莫大な税金が投入されている。同じようにロス五輪以前の五輪は、新スタジアムの建設や交通網の整備(第1回の東京五輪では首都高速道路と新幹線が開通)など開催都市がインフラも整備しなければならず、大きな財政負担に恐れをなして開催立候補都市が減少していた。

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