ベテラン捕手の梨田昌孝さんの教え「誘いを断れる人と付き合っていけよ」
プロ1年目のシーズン後半だ。バッテリーを組んでいた梨田昌孝さんのサインにクビを振ったことがある。
「なぜ、クビを振ったんだ?」
ベンチに戻ると梨田さんに聞かれたが、確固たる理由があったわけではない。自分は別のボールを投げたかったと答えると、「得点差、前の打席、風向き……さまざまな条件を考えたら、オレはあのボールがいいと思った」。
グウの音も出なかった。考えの深さが違った。経験を積んだベテラン捕手のサインには、むやみにクビを振るものじゃないと思った。
大阪にいるときは何度か声を掛けてもらって梨田さんの自宅の近所に食事に出掛けたし、東京遠征では銀座のクラブにも連れて行ってくれた。
「用事がなかったら、今夜行こうか?」
すみません、予定がありますと言うと、嫌な顔ひとつせず「じゃ、今度またな」。誘いを断ったとしても態度が変わらなかった。先輩に声を掛けられると、先約があっても行かなければならないようなことも珍しくない中で、梨田さんは決して付き合いを強要しない人だった。