横浜移籍1年目、権藤監督は独り言のようにつぶやいた「近鉄時代を思い出せ…」
権藤さんは監督でありながら、投手交代のたびに自らマウンドに足を運んだ。
当時はいまのように試合時間の長さにナーバスではなかった。権藤さんは次に投げる投手の投球練習をマウンドの横で見守り、練習の最終球がキャッチャーミットに収まってからベンチに戻っていた。
私がリリーフのマウンドに上り、投球練習をしていたときのこと。権藤さんはボソッと、こうつぶやいた。
「近鉄時代を思い出せ……」
私の方を向いて言うのではない。よその方を向き、独り言のような感じで言うのだけれど、明らかに私に向けた言葉だった。あの人らしいと思った。
権藤さんは私が近鉄でプレーしていたときの投手コーチ。まさに最後の最後、川崎球場のダブルヘッダー2試合目に引き分けて優勝を逃した1988年、その悔しさをバネにリーグ優勝した翌89年と、好調時の私を熟知している人だ。
どんな強打者に対しても、どんなピンチを迎えても真っ向勝負。打者に臆することなく向かっていった。だからこそ結果もついてきた。