関西の逸材を発掘する中で阪神からスカウトされたことがある。移籍していたら「給料は…」
炭谷はその後、第9代選手会会長を務めるなど、グラウンド内外で活躍。19年目を迎えた今季も、一軍でプレーしている。
28年間のスカウト人生で多くの逸材を発掘した鈴木。たとえば、西岡良洋(田辺高=79年外)、笘篠誠治(上宮高=82年2位)は「いぶし銀」として活躍し、後藤光貴(大和銀行=99年7位)、三井浩二(新日鉄広畑=00年2位)は2ケタ勝利を挙げた。黒田哲史(村野工=92年4位)、青木勇人(同大=99年6位)は現在、西武でコーチを務めている。
「87年2位の上田浩明(北陽高)は184センチで当時としては大型内野手。守備の人として長くプレーしてくれた。90年5位の内山智之(大阪経済法科大)も思い出深いですね。岐阜の美濃加茂高から社会人に行く予定だったのがダメになり、急きょ、一般受験で大学に進学。1年時に藤井寺球場で抑えとして投げる姿を見て、ずっと追いかけていました。186センチと上背があり、150キロを投げた。4年時に監督と揉めて退部したんですが、絶対に取るつもりでした。少し変わった性格で、プロでは『時間かけて飯を食え』と言われて、4、5時間も食堂にいたとか。さすがに怒られたみたいですけどね(笑)」