京都の怪腕 斉藤和巳をチェックした「選手を丸裸にする指定席」 あえてバックネット裏を避けていた理由

「1995年夏の京都大会で平安(現龍谷大平安)の1年生左腕の川口知哉に投げ勝つと、準々決勝まで進みました。川口はその2年後、春夏甲子園に連続出場し、同年ドラフトでオリックスに1位指名された。その川口に投げ勝った試合には、私も含めてスカウトがいーっぱい集まりました。20人はいたと思…
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