“喪失”との向き合い方を描いた 芥川賞作家・伊藤たかみ氏に聞く

公開日: 更新日:

「形見って、残された者が“喪失”と折り合いをつけるためのものなんです」

「形見」とは、死んだ人を思い出すためのよすがとなるもの。しかし、思い出して懐かしみ、心を温めることばかりが形見の役割ではない。まして、形見を残したのが、不倫の末に急死した妻であったら……。芥川賞作家である伊藤たかみ氏の最新作「ゆずこの形見」(河出書房新社 1500円)では、ある形見を通して、残されたものがいかにして死を受け入れていくかが丁寧に描かれていく。

 文房具メーカーに勤務する太一は、保育園に通う息子の裕樹と2人暮らし。妻のゆずこは、1年前に出張先の北海道のホテルで死んだ。脳溢血(のういつけつ)だった。しかし、本当は出張などではなかった。ホテルの部屋では男と一緒で、早い話が不倫旅行中に急死したのだ。

 そして今、冷凍庫の中には、生前のゆずこが作って保存しておいたひじきやきんぴら、アスパラのおひたしなどのおかずが、ぎっしりと詰まって凍っている。太一はこれを1年もの間、捨てることも食べることもできないでいた。

「実は、高村光太郎の『智恵子抄』から着想を得たんです。光太郎が智恵子亡きあと、彼女が作っておいた梅酒を飲みながら妻を思うという詩があって。でも、梅酒ならつぎ足しながらそばに置いておけるけれど、おかずは食べたら完全に消滅してしまいますよね。そういう形見をどうするべきか、そして自分だったらどうするだろうと考えました」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…