映画監督・成瀬巳喜男が、戦後まもない日本を描いた「浮雲」を見ていたら、戦後の街並みの風景に見覚えがあった。だが、それは昭和20、21年ごろの風景で、25年生まれの著者が見ているはずはない。それなのに既視感があるのはどういうことだろう。それは親たちの体に残る戦争の記憶、「死と隣り合わせの飢餓や恐怖」が、戦争を知らない著者の体の中に記憶されたということなのか。
親の世代が次の世代に教えようとしたのは、何が何でも「生き延びよ」ということだったと、著者は思う。還暦を過ぎて、進歩や成長といった青年期特有の思考から初めて見えてきたことをつづったエッセー。(平凡社1500円+税)