「バベル九朔」万城目学著

公開日: 更新日:

 主人公は雑居ビル「バベル九朔」の管理人をしながら、小説を書いている。といっても、新人賞の1次選考も突破できない作品ばかり。電気、水道メーターをチェックし、殺鼠剤をまき、蛍光灯を取り換え、地味な管理人生活を送っている。

 ある日、ビルの階段で、黒いワンピース、黒タイツ、黒サングラスの女に遭遇する。女は彼に尋ねた。

「扉は、どこ?」

 今はなき祖父が建てたこのビルには、何か秘密があるのだろうか。カラスの化身のような妖しい女が現れてから、代わり映えしない日常に裂け目が生じた。

 祖父が描いたという青い小さな油絵に触れたとたん、彼は水にのみ込まれ、気がつくと湖のほとりにいた。

 ぽつんと一人そこにいた少女の導きで、天高く伸びたもう一つのバベルを目にする。「みんなの願いがかなう場所なんだよ、ここは」。死んだ祖父の声がする。予想もつかない展開が読者を異界へ引きずり込んでいく。

 小説家になる前、実際にビルの管理人をしていたという作者のリアルな実体験と、奇想天外な発想が混然一体となった奇書。

 夢にかけてみたものの、本当に何とかなるのだろうか。もうあきらめようか。揺れる若者の心に寄り添う青春エンタメでもある。(KADOKAWA 1600円+税)


【連載】ベストセラー早読み

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…