「私は女優」浅丘ルリ子著
華奢で繊細、独特のオーラを放つ近寄りがたい大女優。そうした孤高のイメージは、この自伝を読むと大きく変わる。実は下町育ちの姉御肌。
浅丘ルリ子、本名・浅井信子は、父の赴任先の満州で生まれた。終戦をタイで迎え、収容所暮らしを経験。引き揚げ後は神田のガード下にある粗末な家で暮らした。父は大蔵省出身の官吏で、戦後は議員秘書になったが、政界が肌に合わず、ほどなくやめて苦労を重ねる。浅井家は貧しかった。
13歳のとき、信子の人生は大きく変わる。北条誠作の人気小説「緑はるかに」の映画化が決まり、二千数百人もが応募したオーディションで、主役に選ばれた。目の大きな美少女は、中原淳一が描く主人公の挿絵にそっくりだった。神田ガード下の中学生は、女優・浅丘ルリ子として羽ばたくことになる。
映画の黄金期を迎え、当時の日活には、スターがひしめいていた。長門裕之との初めてのキスシーン、小林旭との結ばれぬ恋、石原裕次郎への思慕……。多感な年頃にスターを相手に日活ヒロインを演じ、やがてテレビへ、舞台へ、女優としての幅を広げていく。
蜷川幸雄は舞台女優・浅丘ルリ子を生み出した。寅さんシリーズのマドンナ、リリーは4作に登場する当たり役。天願大介監督の映画「デンデラ」では、山に捨てられる老婆役を演じた。今、76歳。80歳になったら、高齢の姉妹が主人公の「八月の鯨」に出てみたいと語る。女優魂はなお燃え盛っている。
巻末に「私にとっての女優・浅丘ルリ子」と題して、山田洋次へのインタビュー、高橋英樹、近藤正臣との対談が収録されている。親しい人との語り口に「下町の姉御」ぶりがのぞけて楽しい。(日本経済新聞出版社 1700円+税)