「大阪写新世界」日本建築写真家協会著
建築写真を生業とする写真家たちで構成する協会の創立15周年を記念して、会員たちが大阪・新世界をテーマにして撮影した作品を編んだ写真集。
日本中のありとあらゆる街が均一化する中、独特の光彩を放ち続けるディープな繁華街・新世界。
普段は建築を被写体にしている彼らが、その街の空気感を余すところなく写真に閉じ込める。
新世界といえば通天閣だが、お馴染みの通天閣も写真家の感性によってさまざまな表情を見せる。新世界は、その足元にまるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように広がる。しかし、メディアでよく取り上げられるあの満艦飾のような街並みは新世界の一部分でしかない。
ノンフィクション作家の井上理津子氏は巻頭言で、ある串カツ屋の大将から聞いた話を紹介。大将によると「新世界には、4つの時代がおました」という。映画館や劇場が林立し、ミナミよりも賑わった戦前戦後の時代、1970年代の大阪万博を頂点に労働者が安さを求めて大挙した時代、西成暴動の影響で偏見を持たれた90年代、そして観光地化され国内外から人々が押し寄せる今だ。
なるほど、改めて作品を眺めてみると、あちらこちらに、それぞれの時代の名残がちゃんと写っている。
裏路地にある名物の串カツ屋発祥の老舗、「レスカあります」の張り紙を掲げる喫茶店、囲碁や将棋のクラブとその店内を窓越しに眺める見物人、張り重ねられた大衆演劇のポスター、そして観光客ではなく地元の人々を相手にする古びた商店街など、「昭和を煮詰めたような」街の点景が並ぶ。
もちろん、路上を封鎖して青空の下で行われている格闘技イベントやギャル神輿などの非日常、そして観光地化した街のあちらこちらに出没する「ビリケン」の分身や、われこそは元祖と競い合い意匠を凝らす串カツ店の派手な店構えなど。時代が地層のように積み重なって出来上がった現在の猥雑な街の風景がカメラに収まる。
狭い一区画にすべてが凝縮された街の賑わいは、テーマパークさながら。それもそのはず、明治末の新世界には遊園地もあり、現代でいうところのテーマパークをコンセプトに、パリやニューヨークを目指してつくられたのだから。
通天閣はエッフェル塔であり、そこから伸びる3本の放射道路はパリの街路を真似たものだという。
戦火に襲われたり、人々に忘れ去られて衰退したりと、幾度も盛衰を繰り返しながら、今では世界でたったひとつの街となった新世界が一冊に凝縮された作品集だ。
(鹿島出版会 1800円+税)