便所と糞とマズいものの文化社会論
「奇食珍食糞便録」椎名誠著(集英社 760円+税)
作家・椎名誠氏が若い頃より訪れた世界各国の「糞」と「珍食」について、実にえげつない描写を続ける本であり、ウンコの話が大好きな「少年の心(笑い)」を持っている人にとっては常に「ウヒャヒャヒャ」と笑いたくなる展開が続くほか、そのあまりの「糞便ストロング話」には時に悶絶してしまうことだろう。
〈そのちょっとした洞窟を思わせる職員便所には、壁も天井もびっしりと「ウジムシ」が表面を覆っていて、全体がぞわぞわ蠢いていたのだった。「蠢く」という文字もよく見ると気持ちワルイなあ〉
本書の第1章の多くは1980年代前半の中国の便所と排便事情についてなのだが、毛沢東の文化大革命が中国の便所における「ドアなし」「壁なし」「個室なし」といった状況を生んだのでは? といった考察も加えている。さらには、日本の公衆便所は常にきれいで、紙も補充用のものまで完備され、時にはシャワー式もあるなど世界的に見ても誇れる存在であるという分析も行う。そういった意味では、便所と糞を題材に国民性や文化社会論にもなっている。
本書では後半は椎名氏が食した「奇食」が次々と登場する。「エラゴ」というイソメ(釣りの餌に使う虫)を生で食ったら「いままでで最低の味」だったことや、中国人通訳が「エビラーメン」を食わせてくれるというのでついて行ったら、あまりにもパサパサの麺とぬるいスープで「バカヤロ的にまずい」のだとか。通訳の日本語理解が若干低く、実はこれが「ヘビラーメン」だったというオチである。
椎名氏が糞とマズいものをこうして記したのは、世間がいかに「うまい食い物」の情報ばかり出している中、同時に糞をすることがいかに重要かを示すことも理由なのだとか。
そうなのである。我々はあまりにも排泄行為というものを日陰の存在として扱い過ぎた。人間にとって切っても切れない行為である排泄のシーンがドラマで登場するか?
トーク番組でゲストの女優が「これまでで最も感動的な糞」について語ることがあるか! バーンバーン(コーフンのあまり机を叩く音)。
椎名氏はこうして日陰者となってきた糞と、マズいながらも我々人間の血となり肉となってきた「食」の重要性を若干下品で過激な文体で徹底的に分析したのである。しかも己の恥部を散々晒すなど親切心と、人間の食のために命を落とす生物への愛にあふれた怪著である。
★★★(選者・中川淳一郎)