「光炎の人」(上・下) 木内昇著
木内昇は2011年、「漂砂のうたう」で直木賞を受賞した作家だが、今回の舞台は明治。徳島の葉タバコ農家に生まれた音三郎の波乱に満ちた半生を描く長編である。音三郎は大阪に出て、東京に移り、最後は満州に渡っていく。
少年の頃から機械に興味を持ち、どうやって動くのか、その仕組みに胸を躍らせる音三郎はやがて電気に関心を抱き、無線機開発に取り組んでいく。
「巷で売られている電球やソケットは、未だ輸入品が主であった。明治20年代に東京の三吉電機工場が口金を作って日本初の電球が誕生したものの、出来は異国製品に遠く及ばなかった」という時代であるから、音三郎の苦労は並大抵ではない。
さらに、シベリア出兵、日中戦争に突き進んでいく時代であるから、製品開発が政治的に利用されかねない恐れもある。音三郎は純粋に、誰よりも先に、一番、優れたものを生み出したいと思っているだけなのだが、時代の変化がそれを許さないということだ。下巻の真ん中あたりに、技術者は、「自分が作り上げたその製品なり施設が、世界中で活用され、時代を超えて残ることを人知れず祈り続ける生き物なのだ」というくだりが出てくる。
音三郎を真ん中に置き、個性豊かな脇役たちを周囲に配し、そういう技術者の誇りと、しかし、時代に翻弄される悲劇と時代のうねりを、この長編は鮮やかに描いている。(KADOKAWA 各1600円+税)