サッカーを儲かるビジネスにした電通の体質とマンパワー
「電通とFIFA サッカーに群がる男たち」田崎健太/光文社新書/760円+税
新入社員が自殺した件で、電通が昨年来注目されている。負の部分が注目される傾向にあるが、ダイナミックな企画をし、実際に実行に移すだけの実力を持った企業であることもこれまた真である。本書は電通がいかにサッカービジネスにこの40年ほどかかわってきたのか、そして欧州と南米だけで人気だったこの球技を世界的な人気スポーツにしていったのかを紐解く。
ペレ、マラドーナ、プラティニといった実名の選手が登場するほか、元会長のブラッター、アベランジェらも登場。さらには、もともと日本の単独開催予定だった2002年W杯が日韓共催に至るまでの経緯、そしてそのキーマンである韓国人・鄭夢準と著者が2回交錯した話などもまとめられ、サッカーファンにとっては実に「お得」な内容だ。
そして本書の主人公たる電通・高橋治之氏の奮闘と、同氏がいかに「翔んでる」かを描く。
〈ペレの引退試合の話を耳にした高橋は「自分に任せてくれれば必ず成功させる」と手を挙げたという〉
当時(1977年頃)の日本サッカーは低迷し、不人気だったが、ペレは別格の存在だった。彼の最後の試合を見たい人は多いと読んだ高橋氏は、名称が重要だと考えた。「ニューヨークコスモスVS古河電工」や、「VS日本代表」では人をひきつけられないと考えた高橋氏は「ペレ・サヨナラ・ゲーム・インジャパン」と名付けた。さらには、「サントリーポップ」という清涼飲料の王冠を集めれば試合のチケットが当たるキャンペーンを行い、これが大当たりしたという。
さらに高橋氏のダイナミックな話は続く。ブラッター氏に会うべく、スイスのFIFA本部へ行くのだが、この時の高橋氏の述懐が電通の体質を表している。出張が上司の指示だったのかを聞くとこう答えたという。
「出張は自分で決めていた。誰も(自分に)命令なんてしない。自由にさせてもらっていたんですよ」
当時35歳ぐらいだった電通社員がFIFAに乗り込み直談判。そしてその後サッカーが巨大ビジネスになっていくさまは、電通という会社のそこはかとない懐を感じさせる。とある現役電通社員からはこう聞いた。
「電通はとにかく人数が多い。異動できる部署がたくさんあるんだから、亡くなった社員もしばらく会社を休み、どこかに異動されるのを待てばよかった」
高橋氏のように、自分が最も活躍できる場所を亡くなった彼女が見つけられなかったのが非常に残念である。★★★(選者・中川淳一郎)