「NOZOMI」増田貴大著
写真集のページを開くと、田んぼの中の道を自転車を押しながら歩くおじさんや、川の土手らしき場所に座る中年カップル、そして自宅の屋上テラスと思われる場所でバーベキューをしていると思われる男性など、ちょっとピントが甘い写真が脈絡もなく続く。写真に説明は一切なく、日付と時刻、ローマ字でつづられた地名が記されているだけ。
大勢の水着姿の若い男女がいる屋上の風景の写真の次にまた田園風景が現れる。作品の意図を測りかねながらも、撮られていることをまったく意識していない被写体たちの様子にのぞき見気分も加わり、あっという間に最後のページにたどり着き、著者のあとがきを読んで納得。
これらの作品は、仕事で大阪と広島の間を毎日2往復していた著者が、新幹線のぞみ号の車窓から撮影した風景だったのだ。
あるとき、車窓から見た新幹線に手を振る親子の姿に、自分の幼少期が思い出されると同時に、「向こうにいる知らない誰かの人生をも体感」させられたという氏。もう一度出会うことができないかと、以来、カメラを持って新幹線に乗り込むようになり、2年半、車窓からの風景を毎日撮り続けた成果がこの作品集だそうだ。
なるほどと、あらためて最初からじっくりと一つ一つの作品を眺めていくと、納骨なのだろうか、親族一同が集まったと思われるお墓や、中学生らしきカップルが下校デート中の一本道、小学校の校庭でおこなわれている運動会、美しく整備されたグラウンドの横でミーティングする少年野球チーム、さらに、作業員たちが解体するために建物を養生している風景の次に、田んぼの稲刈りをする農家の人、渋滞する高速道路など。街から田園、そして再び街へと時速250キロで流れるように過去へとなってしまう風景の一瞬をとらえる。
著者は、肉眼では意識に残らないが「写真という手段でとらえた一瞬は、発見や驚き」の連続だったという。
その言葉通り、開場前なのだろうか、スケートリンクの上で打ち合わせをしているかのようなスタッフらしき3人組や、放課後の部活動中と思われるプール、鉄工所の溶接作業など、きっと写真に残らなければ気にも留めなかったであろう彼らの生活の断面を切り取った風景との近さに、一期一会の緊張感と、ともに同時代を生きていることの親近感を覚える。
そのアイデアと技術が結びつき「ドキュメンタリー写真の発想と手法を大きく更新した」と評価され、写真表現を支援する「Visual Arts Photo Award」(第14回)を受賞した力作。(赤々舎 3000円+税)