有栖川有栖(作家)
3月×日 新聞に連載小説を書いているせいもあり、次々に締切りがやってきて、なかなか本が読めない。日がな1日ずーっと読書をして過ごしたいのに。
「仕事に切れ間ができた。今ならいける」というタイミングを見つけたら、気になっていた本をさっと読む。まるで盗塁である。
ただ、そんな状態だと目が利くようになるのか、アタリを引きやすい。
竹内康浩著「謎ときエドガー・アラン・ポー 知られざる未解決殺人事件」(新潮社 1815円)は、推理小説の祖であるポーの短編「犯人はお前だ」の秘密に迫り、作中で語られていることの裏にある別の真相を指摘。それだけなら「興味深い裏読み」の披露だが、本書の魅力はそれにとどまらない。
「推理小説なんて、作者が自分でこしらえた謎を最後に解いてみせるだけじゃないか」と思う方はいらっしゃらないだろうか? きっといますよね。実は、創始者のポー自身がそのような発言をしており、新たな形の小説として書いたのが「犯人はお前だ」だったと著者は言う。ポーの意図は理解されず、推理小説がどんどん発展していくのだが。
他の作品も通してポーの創作の秘密を暴いていく著者の考察の冴えはさながら名探偵による謎解きであり、よくある表現を借りるなら本書は推理小説のようにおもしろい。
3月×日 あまり勉強しなかったとはいえ、一応は法学部出身なので、時々、法律関係の本に手が伸びる。瀬木比呂志著「現代日本人の法意識」(講談社 1100円)は、治安がよく秩序が重んじられる日本の現代社会において、「法の支配」がうまく根づかない諸相を取り上げて論じたもの。法学部生だった頃から、個々の法律よりも法哲学や法思想史といった「法の精神」に関する講義に興味が湧いた人間なので、あらためて考えさせられること多々あり。
続けて法律関係の本を読もうとしたら、次なる盗塁のチャンスがなかなか見つからない。