ピアノ曲を題材にした中学生が主人公の短編集
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」森絵都著 角川文庫 440円+税
【話題】うっとうしい梅雨の季節だが、この機会に傘を新調するのも楽しみ。そういえば、エリック・サティが死んだときに、その部屋から100本以上のこうもり傘が出てきたという逸話が残っている。本書のタイトルは、そのサティの〈童話音楽のメニュー(献立表)〉の一曲から取られている。3編からなる短編集で、いずれも中学生が主人公でピアノ曲を題材にしている。
【あらすじ】冒頭の「子供は眠る」のテーマ曲はシューマンの〈子供の情景〉。毎年夏に5人のいとこが日本海の別荘に集まるのが恒例で、今年も中3の章くんを筆頭に、みんなやってきた。何事によらず章くんの命令が絶対で、クラシックを無理やり聴かせるのも例年通りで、今年はシューマンだ。しかし、今年はどうも雰囲気が違う。みんな大きくなって章くんの絶対的な力が薄れているのだ……。
次の「彼女のアリア」はバッハが不眠症の伯爵のために作ったという〈ゴルドベルグ変奏曲〉がモチーフ。不眠症で悩んでいた「ぼく」は、旧校舎の音楽室からその曲が流れてくるのを耳にする。弾いていたのは藤谷という女の子で、彼女も不眠症だという。意気投合してその後毎週会うようになったが、実は彼女はとんでもない虚言症だった……。
最後は表題作で、奈緒が通うピアノ教室に、ある日突然サティにそっくりのフランス人のおじさんが現れる。おじさんは陽気で、友だちの君江とおじさん、そして絹子先生との「楽しい木曜」が始まるのだが……。
【読みどころ】今まで絶対だったはずのいとこをいつの間にか追い越してしまったことへの戸惑い。好きな女の子にだまされていたと知ったときの狼狽。楽しい時間が終わることの切なさ。そんな微妙な心を見事にすくい取った秀作揃い。 <石>