「おっぱいがほしい!」樋口毅宏氏
バイオレンスやエロスが炸裂するハードボイルド作品を生み出してきた著者の最新作は、何と抱腹絶倒の子育てエッセー。週刊新潮の大人気連載の書籍化で、弁護士でありテレビでも活躍中の妻に代わり、育児を一手に引き受けて奔走する日々の様子が、少々のほのぼの感を織り交ぜながらもぶっ飛んだ語り口でつづられている。
「まさか自分がこういうものを書く日が来るとは思ってもみなかったし、最初に連載の話をもらったときには若干躊躇したけれど、今は書いて良かったと思っています。子どもの成長の記録にもなるし、あの頃こんなことを思っていたっけと振り返ることもできる。まぁ、子育てエッセーのはずが、妻への愚痴日記のようにもなってしまいましたが(笑い)」
愛息の一文君が生まれたのは、2015年11月。妻の三輪記子氏と初めて出会ったのは前年の2014年3月というからなかなかのスピードではあるが、この夫婦を世間の常識に当てはめてはいけない。
「樋口さんの子どもが欲しい。一切迷惑をかけません。お金もいらないし、籍も入れなくていいから」とすがられたはずが、気づけば入籍し、妻の仕事中に家事の一切をこなし、赤ん坊にミルクをやってオムツを替えて寝かしつけ、わずかな隙間時間に執筆を行うという毎日を送ることになるのだから人生は不思議だ。
「家事と育児に加えて、仕事から帰ってきた妻の愚痴をしっかりと聞くという重要な仕事もあります。ここで相づちの打ち方に心がこもっていないと、癇癪持ちの妻は『離婚する! 出てけ!』とブチ切れるからたまったもんじゃない。この間まで『このハゲー!』の罵声と共に豊田真由子議員のキレっぷりが連日報道されていたけれど、僕から言わせてもらえれば全然普通。ワイドショーを見ながら“うちの妻に比べたらかわいいもんだ”と思っていたものです」
本書には、“ここまで書いて大丈夫か!?”と心配になるほど、妻の悪行とそれに対する愚痴がつづられている。「三輪記子ヤリマン伝説」と銘打ち、過去の奔放な男性遍歴も暴露。
道端で偶然出会った男性と懐かしそうに立ち話していた妻に、「あの男とヤッたの?」と尋ねると、「3発ぐらいヤッたけど、終わったら即帰らせてた」と答えた話など、読んでるこちらがハラハラするくらいだ。
「この本の原稿は、すべて妻がチェック済みです。たいしたもんで、『こんな話を書くな!』と言われたことは一度もない。自分で何冊も買って、弁護士仲間にも配っているというから、すごい女です(笑い)」
ぶっ飛んだ妻からのマウンティングに耐える著者だが、しかし子育てに関しては「こんなに楽しいことはない」と断言する。息子を溺愛し、その成長に一喜一憂する毎日。自分は人と同じ人生は嫌だと思って生きてきたが、子どもの成長は人と同じでようやく安心できるというのも不思議な感情だと語っている。
「子育てを母親だけに独占させておくのはもったいない。そう思うようになった一方で、その大変さもひしひしと実感しています。とくに男の母性信仰は根強く、“ちょっとの時間でも赤ん坊から解放されたがるとは母親失格!”などという意見が散見されるけれど、ふざけんなと思う。待機児童とか保育士不足とか、男がもっとどっぷり子育てに関われば、どれだけ大変な問題かが分かるんじゃないかな」
“あとはおっぱいさえあれば完璧”というほど子育てを一手に引き受けてきた著者。ここまで子どもの成長に関われることに、男としてはどこかうらやましさも感じる。(新潮社 1300円+税)
▽ひぐち・たけひろ 1971年、東京都生まれ。出版社勤務を経て09年に「さらば雑司ヶ谷」で小説家デビュー。11年「民宿雪国」で第24回山本周五郎賞候補、12年には「テロルのすべて」で第14回大藪春彦賞候補に。「日本のセックス」「二十五の瞳」「タモリ論」などの著書がある。