子どもが「死ぬ」を「死む」と言い間違える理由
「ちいさい言語学者の冒険」広瀬友紀著 岩波書店 1200円+税
「か」にテンテン(濁点)がついたら「ga」だよね、「さ」にテンテンがついたら、そう「za」だね。それじゃ、「は」にテンテンがついたらなーんだ? 文字を覚えたての子どもにこんな質問をすると、「ga」とか「a」あるいは表記不能の珍回答が出てくることがあるという。
なぜ、このような回答が出てくるのか。実際に「は」と「ば」と「ぱ」を口にしてみると、「ば」と「ぱ」が唇を動かしているのに、「は」は喉の奥の方を使っているのがわかる。そして「が」も喉の奥で声を出す。ということは、「は」と「が」は仲間で、子どもが「は」にテンテンがつくと「ga」だというのは、あながち間違いではないことになる。
さらにいえば、日本語の「はひふへほ」の発音は新しく、室町以前は「ふぁふぃふふぇふぉ」、もっと昔には「ぱぴぷぺぽ」と発音していたらしい。そうか、だから、は行だけに半濁音があるのか……。
本書は、言葉を覚え始めた子どもたちの言い間違えや誤用を手がかりにして、人がどのようにして言語を習得していくのかを考察したもの。よく知られている例に、「死む」がある。子どもが「死ぬ」を「死む」と言うのを耳にした人も多いだろう。本書では、なぜそのような言い間違えが起きるのかが明確に解かれている。
そのほか、母親が、赤ちゃんに犬を指して「ワンワンだね」というと、赤ちゃんは四つ足で歩いているものの総称だと思って、猫や馬も「ワンワン」といってしまうとか、誰しも覚えのある事例を扱いながら、言語習得の過程から言語の成り立ちといった奥深い世界へ導いてくれる。
大人もかつてはちいさな子ども。子どもの間違いから学ぶというのは、極めて示唆に富む。
子どもという「ちいさい言語学者」に学ぶ本であると同時に、100ページほどの小ぶりなこの本は、「ちいさい、言語学者の冒険」でもある。
<狸>