「死亡偽装」の先にある異様な世界
「偽装死で別の人生を生きる」エリザベス・グリーンウッド著、赤根洋子訳 文藝春秋 1800円+税
取り返しのつかない失敗をやらかしたり、苛酷な状況に追い込まれてしまったとき、誰しも人生をリセットしたいという思いが頭をよぎるのではないか。
リセットする手っ取り早い方法は、時間をさかのぼって人生をやり直すこと。ただし、これにはタイムマシンか何かでタイムスリップする必要がある。
もうひとつは、身を隠して違った人生に入ること。家族を捨ててホームレスに身を落とすというのがその例だ。あるいは、他人になりすまして別の人生を送ること。この場合、死亡を偽装してそれまでの人生と決別しておくのが確実である。
本書の著者は大学へ進学する際に借りた学資ローンの返済額が利息を含めて50万ドルに達し、27歳の若さで自己破産目前という苦境に陥っていた。そんなときに悪魔がささやく。「死んだことにする、という手もあるよね」と。早速ネットで「死亡偽装」を検索してみると、そこには多彩なコミュニティーが広がり、調べていくうちにその異様な世界に魅入られていく。
著者は、その全貌を知るべく関係者を訪ね歩く。失踪希望者の手助けをするエキスパート、反対に保険会社から雇われて偽装摘発を請け負うプロ、実際に偽装死を試みた人間、マイケル・ジャクソンの死は偽装で、実は生きていると信じているファンクラブ、とっくに死んでいたはずの父親が実は生きていたと知った娘、そして最後は、著者自身の「死亡証明書」が用意できそうだとの知らせを受け、フィリピンへ出かけて偽装グループに接触する……。
ここには、「偽装死」という特殊な世界を通じてさまざまなドラマが語られている。偽装を試みる本人たちは皆至って真剣なのだが、しかしその結末はどこか滑稽味を帯びている。その意味では、当事者でもある著者が自嘲気味に語るように、「死亡偽装は人間の創意工夫と愚かさを表すドタバタ喜劇」なのかも知れない。
<狸>