主人公は書架に住んでいる推理作家の“複生体”

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「書架の探偵」ジーン・ウルフ著、酒井昭伸訳/早川書房 2200円+税

 奇想とは、普通では考えつかない奇抜な考えのことだが、本書を読み始めてすぐに「蔵者」という言葉が出てきて思わず首をかしげたが、読み進めていくうちに、なるほど、と思うと同時に、よくぞこんな設定を考えついたものだと恐れ入った。図書館に蔵書ならぬ蔵者という、生前の作家の脳をスキャンし、その記憶や感情を備えた「複生体(リクローン)」が収蔵されていて、時に応じて閲覧されたり、貸し出されたりするというのである―――まさに奇想。

 時は22世紀、世界の総人口は10億人にまで減少している近未来。主人公はE・A・スミスという推理作家の複生体。スパイス・グローヴ公共図書館の蔵者で、普段は4段構造の書架の上から3段目の棚に住んでいる。寝食、排泄すべてをそこで行い、蔵者は閲覧か貸し出しの要請がない限り、その棚から出ることが許されない。一度も貸し出されない場合には焼却処分となってしまう。

 ある日、コレット・コールドブルックという女性が現れ、スミスを10日間借り出したいといってきた。資産家の娘であるコレットは、父と兄を相次いで失ったのだが、兄が死の直前に父の秘密の金庫を開けたところ、中からスミスが書いた「火星の殺人」が出てきた。

 これは一体何を意味しているのか。その秘密を探るべくその本を書いた当人を借り出したのである。スミスは喜んで彼女に協力し、推理作家としての能力をフルに発揮していく……。

 作者のジーン・ウルフは、「新しい太陽の書」「ケルベロス第五の首」「ピース」「ナイト」などで知られるSF・ファンタジー界の大御所。本書にもSF的な色合いが随所に出てくるが、そこにフィリップ・マーロウを彷彿させる古風なハードボイルドの味付けがされたり、ニヤリとさせられるパスティーシュも仕掛けられている。本書刊行時84歳という巨匠ならではの懐の深い作品。

<狸>

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