芭蕉と俳句を愛する人が集う弁当屋
「下町俳句お弁当処 芭蕉庵のおもてなし」五十嵐雄策著/KADOKAWA 610円+税
食べ物に関する物語といっても、食べ物のことだけが書かれているわけではない。それぞれ、食べ物×□といった具合に工夫を凝らしている。本書の□は俳句。そして食べ物はお弁当。「お弁当×俳句」という、一見奇なる組み合わせだが、そこには共通点があるという。それは「どちらも人の心に寄り添ってくれる」ということだ。
【あらすじ】
三崎佳奈が東京下町の深川に引っ越してきたのは3週間前。同棲していた恋人が同じ部署の後輩と結婚すると知らされ、それまで2人が暮らしていた池袋から逃げるようにしてこの地に来たのだ。
ある日、慣れない近所を散策していると路地に迷い込み、どこからかいい匂いが漂ってきた。見ると「弁当処芭蕉庵」という看板が目に入る。ここは芭蕉と俳句を愛する人が集う弁当屋だという。そう、深川は芭蕉が住んでいた町。店の主人は大の芭蕉ファンで、みんなから「芭蕉さん」と呼ばれている。
芭蕉さんは毎月、常連客たちと芭蕉ゆかりの史跡を巡る会を開き、毎回その場所にちなんだ特製のお弁当を供しているという。参加費は無料。その代わりに一句詠むのが規則。ひょんなことから会に参加することになった佳奈のために、芭蕉さんが用意してくれたのはショウガたっぷりの深川めし。佳奈の痛んだ心にアサリの風味とショウガの刺激的な香りが染みわたる。
【読みどころ】
その他、意地を張り合う2人の中年男の仲直りを促す春の天ぷら弁当、不登校の高校生に自信を与える湯葉ちらし弁当なども登場。また俳句に無縁だった佳奈が徐々に句作の腕を上げていくところは、俳句初心者の心をくすぐる。
芭蕉に関する蘊蓄もたっぷりで、お弁当×俳句だからこそ生まれた心温まる物語。<石>