著者のコラム一覧
島田裕巳

1953年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。宗教学者、作家。現在、東京女子大学非常勤講師。「葬式は、要らない」「死に方の思想」「日本の新宗教」など著書多数。

「人生に信念はいらない」細川晋輔著

公開日: 更新日:

 著者は臨済宗妙心寺派の僧侶、つまりは禅僧である。禅僧になるには、一定の期間僧堂で修行生活を送ることが定められている。著者は、本山である妙心寺の修行道場で9年間の修行生活を送った。本書では、その経験にもとづいて、一般の人間が禅の精神を日常にどう生かすべきかを説かれている。

 著者が経験した禅の僧堂での修行が厳しいことはよく知られている。とくに、入門するまでの「庭詰め」や「旦過詰め」の部分は相当にきつい。ひたすら入門を願うことになるのだが、途中、先輩からつまみだされたりと、数々の試練に見舞われる。そこで、修行に臨む覚悟を問われるわけだ。

 臨済宗の僧侶になるためだけなら、3年間修行を積めばいい。だが、著者は、その3倍の月日を費やした。そこには、同じときに入門した同期の突然の死という出来事が関わっていた。

 著者は、同期の死という思わぬ出来事に直面し、その意味を問うことを課題とした。その答えを得られたのかどうか、外側からはうかがいしれないところもあるが、それがあったからこそ、著者は終わりのない修行に全身をかけて取り組むことができた。その点では、同期の死は重要な意味を持ったことになる。

 臨済宗が同じ禅宗の曹洞宗と異なるのは、「公案」を重視するところにある。公案は、いわゆる「禅問答」のことで、「両手を打てば音がするが、片手ではどんな音がするのか」といった、論理的に考えても答えが出ない問いに取り組むものである。

 ただ、定められた公案を考えることより、「現成公案」と呼ばれる現実から突き付けられる課題に解決を与えることの方が難しい。答えがあるかどうかも分からないからだ。禅僧は、この現成公案に生涯取り組んでいくことになる。

 著者は、元ラグビー日本代表のジョン・カーワンヘッドコーチが、悩んでいた五郎丸選手に言った、「おまえが変えなければならないのは、今だ。今変えなければ、未来は変えられない」という言葉に、禅と共通した考え方を見いだす。中国の禅の老師はそれを「日日是好日」という言葉で表現した。大切なのは、今この瞬間をどう生きるかなのだ。(新潮社 760円+税)

【連載】宗教で読み解く現代社会

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…