「昨夜のカレー、明日のパン」木皿泉著
木皿泉とは、和泉務と妻鹿年季子の夫婦による2人1組の脚本家。テレビドラマ「すいか」で話題を呼んだが、本書は著者の初めての小説。食べ物や料理を中心に書かれたものではないが、要所要所に出てくる食べ物は、なかなかに重要な役割を果たしている。
【あらすじ】テツコは19歳で一樹と結婚するが、結婚生活わずか2年で一樹は急死。それから7年、テツコは気象予報士のギフ(義父)と2人で、古い大きな家で暮らしている。恋人の岩井さんからは、死んだ夫の父親と2人で暮らしてるなんてヘンだと言われるが、テツコはこの家でギフと暮らすことは自然でフツーだと思っている。
一樹ががんだと知らされ、手術も無理だと言われて職場と病院と家とを行き来していたある真夜中すぎ、通りにポツンとパン屋の明かりが見えた。テツコとギフは店に入り焼きたてのパンを買う。パンの匂いはこれ以上ないほどの幸せの匂いだった。悲しいのに幸せな気持ちになったテツコはいろいろなことを受け入れやすくなる。
一樹が子供の頃、雨の日にパン屋へお使いに行った帰り道、知らない女の子が「入れて下さい」と一樹の傘の下に飛び込んできた。女の子からかすかなカレーの匂いがするので、「お昼カレーだったの?」と聞くと「きのうのカレー」と。「お兄ちゃんの持ってるのは、何て名前?」「明日のパン」。なんということのない出来事だが、パンとカレーの匂いが混じり合った雨の日の情景が目に浮かぶ。
【読みどころ】その他、ギフが登山の際に口にしたカルダモンの実、一樹の遺骨に別れを告げに行った京都の旅館でテツコが食べた黒豆の甘納豆など印象的な食べ物が登場する。ほっこりした物語に癒やされる。 <石>
(河出書房新社 600円+税)