「いつかの花」中島久枝著
江戸時代の初期、酒、反物、菓子などは、京都や大阪の上方から取り寄せたものを「下り物」として珍重し、逆につまらないものは「下らない」ものと蔑んだ。幕府に出入りする菓子屋も当初は京菓子屋と決まっていたが、8代将軍吉宗の頃になると江戸で生まれた菓子屋も加わるようになる。日本橋の菓子屋が舞台の本書には、そうした背景の下、京菓子の老舗と江戸の菓子屋が味を競い合う場面が登場する。
【あらすじ】鎌倉のはずれの海辺の村で育った小萩は、知り合いが持ってきてくれた菊の姿の菓子を口にして、そのあまりのおいしさに感動。いつか江戸に行ってたくさんのお菓子を見たいというのが小萩の夢となった。
16歳のとき、母親の遠い親戚が江戸で菓子屋をしていることを知り、両親の強い反対を押し切って1年限りの約束で日本橋の二十一屋で働くことを許された。二十一屋はのれんに牡丹の花が描かれていることから牡丹堂とも呼ばれ、界隈では人気の店。おかみのお福、娘婿の徹次、一人息子の幹太、職人の留吉と伊佐というこぢんまりした店だが、毎年花見の季節には呉服の大店、川上屋が上得意を招待する歌舞伎の席に牡丹堂の桜餅を使ってくれていた。
それが今年は若おかみの意向で京菓子屋の東野若紫の桜餅にするという。これを機に牡丹堂と東野若紫は何かとぶつかるようになり、ついには茶人主宰の東西菓子対決の三番勝負において、3番手の上生菓子対決で2つの店が勝負することに……。
【読みどころ】不器用で一途な小萩は、先輩職人、伊佐への尊敬の念が徐々に恋へと移っていくことに戸惑いながらも、菓子職人になるという夢は強まっていく。小萩のその後はシリーズの第2話、3話で。
<石>
(光文社 640円+税)