「美と破壊の女優京マチ子」北村匡平著
敗戦から4年後の1949年、谷崎潤一郎原作の映画「痴人の愛」が大映で製作された。主人公のナオミを演じたのは新進女優、京マチ子。ボリュームのある肉体を恥ずかしげもなくカメラの前にさらして観客を圧倒し、古い女性像をぶち壊した。
それから半世紀後。大学で映画を学んでいた著者は、テレビ放映された「痴人の愛」を偶然に見て衝撃を受ける。「こんな女優はどこにもいない」。その衝撃が著者を京マチ子探究に向かわせ、この熱のこもった女優論に結晶した。
京マチ子は、いくつもの顔を持つ。「痴人の愛」や「牝犬」で爆発的な「肉体派バンプ女優」ぶりを見せつけたかと思えば、「羅生門」や「雨月物語」では古典的で高貴な日本の女を演じ、高く評価されて「国際派グランプリ女優」となる。
1940年代の終わりから50年代の半ばにかけて、銀幕で圧倒的な存在感を放った京マチ子は、その後、人情喜劇、ミステリー、文芸映画などで多彩な役をこなし、「演技派カメレオン女優」になっていく。美人女優を脱してコメディエンヌの才を見せ、「いとはん物語」ではなんと、醜女を演じた。
この変幻自在な女優の素顔は、豊満で華やかな容姿とは裏腹に、地味で堅実。1924年、大阪に生まれ、3歳で父と離別、母と祖母に育てられた。叔父に連れていってもらった少女歌劇に憧れ、14歳で大阪松竹少女歌劇団に入団、踊り子になった。東京・浅草の国際劇場でブギウギを踊って注目され、大映に引き抜かれて女優デビュー。
スクリーンのイメージと違って、生真面目で礼儀正しい。趣味は釣りと編み物。スキャンダルとは無縁。ひたすら仕事に打ち込んだ。
日本映画の黄金期を駆け抜けた女優・京マチ子の変貌ぶりを、時代背景を踏まえて克明に描いている。京マチ子の映画を、優れた解説者の導きで何本も見終えたような充足感を覚える。往年のファンも多くの発見があるに違いない。
(筑摩書房 1600円+税)