「最後の頭取」河谷禎昌著
北海道大学法学部を卒業後、北海道拓殖銀行に入行。1994年、13代目の頭取になった。金融機関の破綻が相次ぐなか、「バブルの後始末役」として悪戦苦闘するが、1997年に経営破綻。図らずも拓銀最後の頭取となってしまう。その後、特別背任罪に問われ、2審で逆転有罪判決を受けて、1年7カ月間、服役した。
経営破綻から20年余が過ぎて、天国と地獄を見た元頭取は今84歳。渦中で体験したバブル生成と崩壊の教訓を後世に残そうと、その実相と思いの丈を語った。
頭取就任直後、大蔵省から示された不良債権総額は9600億円。「首切り河谷」と言われながら合理化に取り組むが、焼け石に水。生き残りをかけて北海道銀行との合併を模索するも、交渉難の末にご破算となり、ついに破綻。証人として国会に呼ばれ、「万死に値する」と非難された。非難は言葉では終わらず、異例の実刑判決が下る。
筋書きは出来ていた。取り調べの際、検察が作文した供述調書がすでに出来上がっていた。「頭取としての地位を守るために融資を続けた」とあり、「サインしろ」の一点張り。大きな権力の前にバカバカしさと無力感を感じ、署名してしまう。
国策捜査のターゲットになった、と著者は考えている。国民の反発が強かった公的資金注入のためのスケープゴートにされたのだ、と。
拓銀の破綻はバブル景気に踊らされた末の悲劇だった。だが、経営責任は問われなければならない。著者は拓銀破綻の「A級戦犯」を5人名指しして、その理由を述べている。そして、もし「破綻罪」があるとすれば、問題に気づかず、破綻を食い止められなかった自分もまた「ギルティ」だという。
64歳で逮捕され、74歳で収監。この間、大規模な銀行の再編が進んだ。時代の転換期に巡り合わせたとき、どうすればいいのか。何ができるのか。銀行マンの異例の半生は、教訓に富んでいる。
(ダイヤモンド社 1800円+税)