「尼子姫十勇士」諸田玲子著
戦国時代の末期、出雲国を舞台にした長編である。滅亡した尼子氏の残党が、毛利氏に戦いを挑む物語だ。
尼子再興軍の大将は、山中鹿介。颯爽たる身のこなしと、凜としたまなざしを持つ美丈夫で、女たちをとりこにしてきたが、彼の思いは一人の女性に捧げられている。それが総大将・尼子勝久の母スセリ。鹿介のほうが年下だが、幼いころから遊んだ仲で、いまも恋慕は続いている。こういういくつかの恋が物語の横糸になっているが、物語の本筋はもちろん、尼子再興を願う男たちの活躍譚だ。鹿介のもとに集まってくるのは、どれも一癖ありそうな者ばかり。しかし、彼らの活躍がまっすぐに進まないのも本書の特徴である。というのは、帯に「著者初の壮大な歴史ファンタジー」とあるように、伝奇仕立ての物語であるからだ。
スセリの体に、八咫烏のかたちをしたものが盛り上がってきたりするだけでも怪しげだが、それにとどまらず、鹿の化身が人間に復讐したり、憑依して体を乗っ取ったりと、物語は自由奔放に展開するのである。毛利軍を倒すために黄泉の国に行って神々の力を借りようというのだから、伝奇小説は楽しい。
我が国の時代小説には、国枝史郎著「蔦葛木曽棧」や、柴田錬三郎著「赤い影法師」などの伝奇小説の伝統があるが、その正統的な嫡子として読まれたい。最近この手のものが少なかっただけにうれしい。
(毎日新聞出版 1900円+税)