文庫で読むエッセー本特集

公開日: 更新日:

「作家と一日」吉田修一著

 作家や芸能人の素顔がうかがえるエッセー本。さらりと読めるものから人生について深く考えさせられるものまで、実に多彩だ。今回は、親の看取りから人生訓、そしてカレー愛をつづったエッセーまで、バラエティー豊かな5冊をピックアップした。

「悪人」や「怒り」など重厚な人間ドラマを描く著者の日常をつづったエッセー。その毎日は意外にもほのぼのとしている。

 仕事場での最高の癒やしは、金ちゃん、銀ちゃんと名付けた2匹の猫。彼らに出あうまで、ペットの類いは苦手だった。しかし今では、仕事部屋の外から「退屈なんですけどー」とアピールしてくる愛猫にメロメロ。

 ある時は、取材旅行で訪れたポルトガルで、警察に連行される事態に。ビーチで泳いでいたところ、同行のカメラマンが幼児を隠し撮りしていると誤報されてしまったのだ。気分直しにホテルでシャンパンでも! と思ったが、海から上がったままの砂まみれの姿ではそれもかなわず、傷心の旅人たちは屋台のビールとホットドッグでお互いをねぎらったとか。

 芥川賞作家の意外な素顔が垣間見える。これもエッセーの醍醐味だ。

 (集英社 500円+税)

「カレーライス!!大盛り」杉田淳子編

 日本人のソウルフードであるカレーライスへの愛が込められた、作家たちのカレー賛歌44編を収録。

 母親に「今夜はカレーよ」と言われれば、目の色が変わったものだとつづるのは、池波正太郎氏。しかし10歳で両親が離婚し、父方の親戚に引き取られてからは、母のカレーは食べられなくなってしまった。

 そんなある日、担任の先生に誰もいない図画室に呼び出された。何事かと思っていると、洋食屋がカレーを運んできた。両親と別れた境遇を気遣い、先生が注文してくれていたのだ。この時のカレーほど強烈な印象を残している食べ物は他にないと、池波氏は振り返る。敗戦直後に食べた、米ではなく高粱(モロコシの一種)にかけたカレーの思い出をつづる北杜夫氏、カレーとラーメンの愛され方の違いを大真面目に考察する寺山修司氏など、お腹がすくエッセーが満載だ。 (筑摩書房 800円+税)

「ヒロシの自虐的幸福論」ヒロシ著

 ネガティブも突き詰めればポジティブに変わると教えてくれるのは、「ヒロシです」から始まる自虐ネタで大ブレークしたピン芸人の著者。友達が少ないと「暗いヤツ」「寂しいヤツ」と思われる風潮があるが、大勢でワイワイやっていることだけが一概に楽しいとは言い切れないと断言する。売れまくっていた頃、ある有名人の誕生日パーティーに呼ばれた時が非常につらかったという。大勢の中にいるのは華やかだが、大勢の中で感じる寂しさが一番寂しいことに気づかされたからだ。

 目下の趣味は、ひとりで行う「ソロキャンプ」。その様子を動画で配信し、チャンネル登録者は33万人を超えている。誰にも合わせず自分好みの過ごし方でたき火を見つめる。孤独の時間はまさに至福だという。

 蛭子能収氏との人見知り対談も収録。自分のネガティブさに悩む人は必読だ。

 (大和書房 680円+税)

「二人の親を見送って」岸本葉子著

 人気エッセイストの著者は、母を73歳で心筋梗塞で突然、そして父を90歳で介護の末に見送った。本書にはその時、そしてその後の心の動きが丁寧につづられている。長い間、在宅で介護を続けた父は、認知症が進むと発話がなくなり、「寒くない?」と聞くと「寒くない」と言い、「寒い?」と聞くと「寒い」とオウム返しするようになった。それは、常にひとりの人間の生命に全責任を負うという、緊張感に包まれた日々だった。しかし、父親を見送り、それがなくなった時、ホッとしたと同時に呆然となったという。そして、排泄を含む世話の一切も、意思疎通のできない相手の生命を守ることも、父と母が生まれて間もない自分にしてきたことと同じだったのだと気づかされ、介護の日々を顧みる。

 両親を見送る日は、誰にでもやってくる。そのときの心構えや、親亡き後の人生について教えてくれる。

 (中央公論新社 720円+税)

「ムダなことなどひとつもない」酒井雄哉著

 定年後をどう生きるか。そのヒントが本書には詰まっている。

 著者は約7年かけて4万キロを歩く荒行「千日回峰行」を2度も満行した、天台宗の僧侶だ。

 まず大切なのが、自分の人生をどう生きていくかという目標を立てること。“若者じゃあるまいし”などと思うなかれ。

 自分の生き方の本線が定まっていないと、ムダに思えることに対して知識が邪魔をし、「そんなことやってられるか」と思ってしまう。

 定年後、必死で趣味を見つけ、好きでもない魚釣りや蕎麦打ちをするのはやめにしよう。著者は、「自分はこういうことが得意だからこれをやろう」という、現実的で今できる最低限のことをやっていけばよいと説く。

 自分の本線を定めてから、積み重ねた知識と経験を生かして行動する。そうすればおのずと物事はうまく回り、生きがいも生まれてくる。

 シンプルだが忘れがちな、生き方の基本を教えられる。

 (PHP研究所 680円+税)

【連載】ザッツエンターテインメント

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  2. 2

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  3. 3

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  4. 4

    中居正広氏「性暴力認定」でも擁護するファンの倒錯…「アイドル依存」「推し活」の恐怖

  5. 5

    大河ドラマ「べらぼう」の制作現場に密着したNHK「100カメ」の舞台裏

  1. 6

    フジ調査報告書でカンニング竹山、三浦瑠麗らはメンツ丸潰れ…文春「誤報」キャンペーンに弁明は?

  2. 7

    フジテレビ“元社長候補”B氏が中居正広氏を引退、日枝久氏&港浩一氏を退任に追い込んだ皮肉

  3. 8

    下半身醜聞ラッシュの最中に山下美夢有が「不可解な国内大会欠場」 …周囲ザワつく噂の真偽

  4. 9

    フジテレビ第三者委の調査報告会見で流れガラリ! 中居正広氏は今や「変態でヤバい奴」呼ばわり

  5. 10

    トランプ関税への無策に「本気の姿勢を見せろ!」高市早苗氏が石破政権に“啖呵”を切った裏事情