本城雅人(作家)
6月×日 ひどい腰痛に悩まされ、ブロック注射を受けたことがある。「車で来ないでね」と言う医者に、「自転車は?」ときいたら、「無理に決まってるでしょ。麻酔で歩けないかもしれないのに」と叱られた。ところが何度打っても麻酔の効果はなく、腰痛も治らない。最後は医者から「あなたは私の治療を信じてない。一度自己啓発セミナーにでも行き、人を信用することから始めなさい」とさじを投げられた。
そんな人を信用しないひねくれた性格だから、自己啓発本、指南書的な本はまず読まないのだが、時々、僕の心のバリケードを越えてツボに侵入してくる本がある。五百田達成さんの「『言い返す』技術」(徳間書店 1400円+税)もそうだ。
〈天才気取りのヤツには、大量の仕事をぶん投げろ〉〈忙しいアピールをするヤツには、ひまアピールで対抗〉……目次だけでも楽しいが、声に出して笑うのもしばしば。〈セクハラするヤツには、発言をオウム返しする〉では「最近太った?」と言われたら「今太ったと言いましたね?」。「きょうデート?」ときかれたら「今、デートって言いましたね?」……男性でも上司から「草食系じゃなくてガンガン行かなきゃダメだよ」と言われたら「今、ガンガン行けと言いましたね?」などオウム返ししてやれば相手は黙り込むしかないというのだ。なるほど。映像まで浮かび気持ちが晴れた。
6月×日 窪美澄さんの新刊「いるいないみらい」(KADOKAWA 1400円+税)が出たので読む。子供が「いる・いない」というデリケートなテーマだが、既婚でも未婚でも大人なら誰もが短編のどこかで琴線に触れるのではないか。
僕は女性の気持ちを知りたくて女性作家の本を読むのだが、窪さんの絶妙な表現に、毎回立ち止まって考えさせられる。「褒め言葉を浴びると、男の人はおなかを見せて床に転がる子犬みたいになる。その姿を見て正直なところ、引いたのは事実だ」……医者の言うことは信用しないくせに、女性の褒め言葉はうかつに乗る自分に反省した。