稲葉稔(作家)
6月×日 仕事が進まず悶々。朝から根を詰めているがはかどらない。
ゴルフの練習に行こうかと考えるが、表は真夏の暑さなのでやめる。
ならば、愛犬の散歩をしようと思い立ち、連れ出そうとするが、やはり暑さにめげているらしく気乗りしない顔で拒む。とにかく異常気象だ。近年とくにそうで、これがあたりまえになってきている。地球自体に異変が起きているのかもしれない。
仕事を中断し、ゴル練も愛犬散歩もあきらめ、おもむろに宮本武蔵の「五輪書」(岩波文庫)を書架から引っ張り出す。あちこちに傍線や星印がつけてある。もう一度読もうかとページを開く。時代小説ばかり書いているが、この辺の資料にはときどき目を通すべきだと思う。
6月×日 もう夏の暑さ。梅雨はどこへ行った?
ゴルフをしに出かける。楽しいラウンド後のビールがうまい。しかし、原稿は進んでいない。
明日は朝から気を引き締めてと思い、早く就寝するも眠れず、読みかけの「五輪書」を開く。この本はページ数にすると170枚ほどだ。薄い文庫であるが、読解するのに手間も暇もかかる。しかし、面白い。武蔵にますます興味を持つ。
6月×日 原稿が進みはじめた。一気呵成とまではいかないが、いいペースだ。束の間の気分転換に近場にある書店をのぞきに行く。数冊の翻訳本を手にしてレジへ。
「こういうのも読むんですか?」
わたしを知っている書店員が不思議そうな顔をする。
「何でも読むんだよ」
と、答える。早速読みはじめたのは、マーク・サリヴァン著「緋い空の下で」(霜月桂訳 扶桑社 上・下各980円)。退屈な山岳小説かと思わせるほどの出だしで、これは帯に騙されたかと思いつつも、物語が進むにつれ、引き込まれていく。
イタリア人の主人公は、パルチザンのスパイとしてナチス権力者の運転手になり、想像を超える現実に直面していく。なんとナチスは同盟国であるイタリアにおいて、略奪や残虐非道な行いを繰り返していたのだ。そして、主人公にも危機が迫ってくる。
この小説はノンフィクション性の強いもので、隠されていた歴史を浮き彫りにさせるだけの力がある。