「殿山泰司ベスト・エッセイ」大庭萱朗編/ちくま文庫
脇役俳優として、いぶし銀のオーラを放っていた殿山泰司は、また、独特の文体をもつ名エッセイストでもあった。通称トノさんの「三文役者あなあきい伝」は私は自伝の傑作として三本指に入ると思っているが、残念ながら絶版になっている。しかし、この本はその抜粋も含んでオススメだ。
PARTⅡまである自伝で、殿山はヒクヒクとかウレシイとか、ヒヒヒヒといった昭和軽薄体の元祖のような言葉をちりばめつつ、「パーマネントがゼイタクかどうか、おれはよく知らねぇけど、戦争ほどゼイタクなものはないと、おれは思うけどね」といった怒りを噴出させた。
自らも軍隊生活を体験し、弟を戦争で亡くした殿山は、国家なんか糞くらえという思いに胸をたぎらせながら、しばしば、「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫ぶ。これは、かつて映画化されて(「ゆきゆきて、神軍」)評判となった奥崎謙三の過激な本の題名である。
殿山はまた、戦時中に、鹿児島の沖の村の遊郭の娼妓だけが、「戦争ヘ行ッテモ死ナナイデネ」と言ってくれた、と絶叫する。
肉親も赤の他人も、みんな死ンデコイと言ったのに、名も知らぬその遊女だけが、こんなきらめくようなセリフを吐いてくれたというのである。そして殿山はこう書く。
「オレは四年半も戦地へ行ってそして生きて帰って来たぜ。名も知らぬアナタよ、オレは生きて帰って来たぜ!! 大日本帝国の糞野郎!! 国家なんてくだらねぇものより、アナタのコトバはずんと重く、今でもオレのココロの底に沈んでいる」
しかし、いつでも高音部で声を出しているわけではなく、ヒーコー(コーヒーと書かないところがいいのです)を飲みながら、ミステリーを読み、モダンジャズに興ずる。
こんな一節もある。
「余計なことだけど、オレはタキシードはおろかセビロだって1着も持っていない。持っているのはジーパンとセーターとジャンパーだけ。結婚式とか葬式とかチャンとした服装を必要とするパーティとか、そんな場所へはここ何年も出席したことがない。今後も出席しないつもりでいる。河原乞食だもんな」
私と同郷の悪役俳優、成田三樹夫は「最近の役者というのは、いやらしいのが多すぎる。総理大臣主催の会なんかに出かけていって握手なんかしてるだろ」と軽蔑していたが、まさに殿山を見よ、だ。 ★★★(選者・佐高信)